5年で2回救急車に乗った経験がある。1回目は原因不明の鼻出血が止まらなくなり、三宿の自衛隊病院に2週間入院して全身麻酔で鼻の奥を焼灼した。2回目は腰が痛すぎて意識が飛び、すわ迷走神経反射かと予想したが、7119にかけたところ「あ、救急車呼んでください」と言われたので来てもらった。
いずれも35歳を過ぎてから搬送されている。人間35歳を過ぎると、調子が完ぺきな日など一日たりともない。毎日どこかしらが痛く、「ああーーーー!!!!疲れたっぁぁぁあっぁあ!!!!!」みたいなテンションで淀んだ朝を迎える。7時間も睡眠したのにである。
筆者は個人事業主で、裸一貫徒手空拳、将来計画一切なしのノーフューチャーな生活を送っており、人生が詰みそうな危機が何度もあった。それでもなんとか生きているので、人生の要所要所で培ったサバイバルテクニックは、誰かの役に立つかもしれないと思い、これを書いている。
目次
個人事業主が2週間入院するとどうなるか
個人事業主が生き残るためのサバイバルスキルを開陳する前に、まずは失敗談として、個人事業主が突如として2週間病院に放り込まれるとどうなるのかを、実体験を基に解説しておきたい。結論から言うと、結構詰む。
一般的に、個人事業主は依頼主から仕事を請け、与えられた業務を遂行し、請求書を出すと、翌月とか翌々月末とかに対価として金が入る。仕事をしなければ一銭も実入りはない。2週間入院して仕事ができないとどうなるか。それはどえらいことになる。一般的に会社員ならば、入院をしていても給与が支払われたり、傷病手当金を利用したりできるだろう。勤め人はこれが強い。病・即・詰のフリーランスと異なる手厚い保護は、会社に勤める大きなメリットだ。
入院した月のギャラは前月に確定しているため、月末に入る。よって、次月の生活は安泰だが、その翌月は、2週間分減収する。バカみたいに当たり前の話だが、直面すると結構キツい。さらに、退院後もすぐに以前のようなペースで仕事ができるわけではない。筆者も1ヶ月くらいは低血圧に悩まされ、主治医に「加藤さんの血圧ね、今、低血圧のOLくらいのレベルです」と宣告されたときは、むしろ「このハンデ背負って生活してる低血圧のOLの根性マジでヤバいな」と畏怖の念を抱いた。それはさておき、1ヶ月ほどまともに仕事ができなければ、1ヶ月分の収入が消し飛ぶ。実際消し飛びました。
筆者は銀行口座の入出金履歴を眺めながら「ああ、これ詰むかも」と遠い目をしながら呆然としていた。しかし、呆然としてばかりもいられない。頼る家族も親族もいないので、金を作らなければ普通に死ぬ、とまではいかないものの、宿無しまっしぐらである。手っ取り早く入院費と、1ヶ月分の生活費を消費者金融で工面し、当座を凌いだ。今思えばまったく凌げていないが…。
人生が既に詰みそう、あるいは詰まないための5つのポイント
そんなわけで、人生が詰みかけた筆者だが、今ではなんとかなっている。あまりリアルに書くと引かれそうなので詳細な描写は省いているが、「貧すれば鈍する」のは本当で、正常な判断ができなくなる可能性が高いのだ。これはギャンブルで負けているときの心理に近い。普段では起こさないような行動をしてしまい、結果として墓穴を掘り続ける。
金がある人は困窮している人に対して「ああすればいいじゃん」「こうすればいいじゃん」と、大正解なアドバイスをするが、貧者の貧困した判断力では、正しいジャッジを下すことは難しいだろう。判断を見誤らないためには、困窮しないような準備が必要だ。いざヤバい状態になっても、当面の金があったり、工面できるアテがあれば、判断力の低下を防ぐことができる。と思うので、以下で詰みを回避するポイントを解説していく。もし過去の自分に会えるとしたら、助走をつけて全力で引っ叩いた挙げ句、肩を掴んでグワングワンいわせながら各見出しの言葉を泣きながら贈りたい。
1.貯金はしろ、もしものことも考えろ
思わずモニタを殴るくらい当たり前だが、貯金はしておいたほうがいい。だが、どうしても貯金ができない人間は一定数存在する。筆者もその一味だが、現在は心を入れ替えている。
よく、万が一のために生活防衛資金として、生活費の3ヶ月〜6ヶ月分は用意しておくとよいとされているが、入院して生活が防衛できなくなった身からすると、間違っていないと思う。ちなみに、貯金と生活防衛資金は別だと言われている。だが、生活防衛資金を確保しつつ、貯金ができる人は超人である。超人は「そんなもん当たり前の話です」と言うかもしれないが、凡人からすれば「ふ…… ふざけるなよ……! 貯金だろうがっ……財布に入れているうちはまだしも、それを口座に入れたら…… 貯金だろうがっ……! 貯金じゃねえのかよっ……!」と、己の中の某底辺ギャンブラーが咆哮するだろう。とまれ、貯金はしておいたほうがいい。これは今の世の中の真理である。金は命より重い。
筆者としては、併せて借金の枠を作っておくのも悪くないと思う。借金をしろと言っているわけではない。家族や知人を頼れるならそれに越したことはない。筆者の場合は、頼るアテがなかったので消費者金融を選択した。この選択をとるうえで、行うべきは、借金をせずとも、枠を作っておくことである。例えば、来週までに30万円の支払いが必要な場合、貯金が0では支払えない。消費者金融であれば、即日融資も可能だが、なんらかの理由で審査に落ちてしまう可能性もある。もちろん活用しないに限るが、借金といえど、まとまった金を調達できる準備を整えておくと、心持ちがだいぶ違う。
ちなみに、借金枠は基本的に年収の3分の1までしか設定できない。これは貸金業法の総量規制で定められている。年収300万の人は100万円までしか借りられない。しかし、個人事業主が事業資金として利用できる事業ローンは、例外貸付になるため、総量規制に抵触しないのだ。また、クレジットカードのショッピング枠やリボ枠は総量規制の対象外になる(正確には、別の計算方法がある)。
限界ギリギリまで枠を作る必要はないが、ある程度の枠を作っておけば、本当に万が一のときに金の工面ができる。だが、返済は地獄であるという事実だけは頭に入れておきたい
2.保険の知識を身に着けておく
救急車に運ばれる、とまではいかなくとも、病気をする前に保険に入ったほうがいい。筆者は退院した直後に某保険会社に申し込んだが、あっさり審査落ちした。「この国は俺に保険すら入らせてくれないのか」と、己の底辺っぷりを嘆いたものである。
保険は若く、健康なうちに入るのがおすすめだ。当たり前すぎて自分でも書いていてびっくりする。個人事業主は国民健康保険や文芸美術国民健康保険組合などの、いわゆる国保だけでは足りない。傷病手当金が受け取れないからだ。よって、病気で働けなくなった場合に収入を補う就業不能保険は、転ばぬ先の杖として加入しておいてもよいだろう。
え? どの保険に入ったらいいかわからないって? それは自分で調べて欲しいし、なんなら筆者も知りたい。近所や飲み屋で仲良くなった保険外交員の成績に貢献してもいいし、調べるの面倒くさいから都道府県民共済でもいい。実際、共済は強い。ちなみに、本項目では老後の話は一切していない。筆者が老後のことをまったく考えていないからである。こんなんだから人生詰むんだよ。
3.休め、そなたは思ったよりも疲れている
会社勤めをしている人も、個人事業主も、とにかく休んだほうがいい。あなたは自分が思っているよりも、遥かに疲れている。人間、健康でなければ仕事はできないし、健康を維持せねば不健康な遊びも楽しめない。無事之名馬の格言は、人間にも通じる。健康は命よりも大事なのだ。
とくに中年を過ぎてしまえば、慢性的に疲れているので、そもそも「気分爽快で万能感に溢れ、ギラッギラした無敵の状態」の中年など、どう考えても自主規制である。そんな輩は、どうせ自主規制で自主規制し、自主規制とかで仕入れた自主規制を、自主規制で自主規制しているに決まっている。
慢性的な疲れは、微妙な体調の悪さを醸し出してくるため、一応働くことはできる。筆者は本日、緊張型頭痛で頭がやんわりと締め付けられ、腹具合がやや悪く、気管支炎で咳が止まらず、花粉症で右の鼻が虫の息で、左右のふくらはぎにそこはかとないダルさを感じているが、普通に原稿をタイプしている。だが、この状況が続くと、ある日いきなり激烈な症状が出ることもあるため要注意だ。
そうなるともう、仕事どころではなく病院一直線なので、身体に異変を感じたら休むのが、結果として仕事を続けるコツだといえるだろう。「休む」と書くと1日寝ているようなイメージを持たれるかもしれないが、湿布を貼ったり、目が暖かくなるアイマスクをしたりするのも立派な休みだ。あと、そもそもの話、まったく休めないのは、仕事の仕方や内容に問題がある場合が多い。人間は、人間らしく仕事をしないと、人間らしく扱われない。
4.仕事を一つのカゴに盛るな
「卵は一つのカゴに盛るな」は相場の格言だが、個人事業主でも、仕事を一つのカゴに盛ってはいけない。月の売上が60万だとして、毎月継続的に付き合いのあるA社50万、B・C・D社あわせて10万の場合、A社の仕事が飛べば即終了である。
次の収入を探すのにも手間がかかる。転職サイトへの応募、友人知人の紹介などでZoom面談の繰り返し。よしんばすぐに仕事が決まったとしても、稼働するまでに1ヶ月かかれば、収入が入ってくるのは早くて2ヶ月後。3ヶ月後になるのも珍しくはない。
筆者は現在、常時8社ほどの案件が並走していて、それに突発的な案件も加わる。収入のメインの柱としては3社くらいなので、どこかの案件がなくなったとしても、収入的には痛いし嫌だし新しい案件探すのも面倒くさいし完全に無理だが、なんとかできる状態にはしてある。毎度変な記事ばっかり書いてすいません◯◯(◯◯には寄稿先が入る)さま! お願いですから見捨てないでください! と定期的に寄稿先に媚びておくのは、カゴから仕事を落とさない重要なテクニックだ。
あと、忙しいときほど、新規の案件は探したほうがいい。収入が安定していれば、仕事を選べる側に回れる。それに、案件を探さなくても、忙しくしていれば仕事は舞い込んでくるものだ。どんな仕事でも「忙しい奴に頼め」は発注側の鉄則である。
5.家の鍵を渡しても大丈夫な人間を1人だけ見つけろ
家族がいる人には関係ないが、独身中年男性個人事業主の行き着く先は、孤独死だ。いや、孤独死はしなくても、酷い風邪をひいてしまったり、ある日腰が逝ってしまってエレベーターなしマンション4Fの自室から身動き一つとれなくなってしまったりするケースも考えられる。
そんなとき、震える手でスマホを握り、朦朧とする意識の中で……の場合は救急車を呼んだほうがいいが、友人知人に連絡をとり、救助してもらえる関係を構築しておくことは、精神衛生上非常によろしい。
友人知人は「家の鍵を渡しても大丈夫」なほど信頼できる人間が望ましいだろう。ちなみに、信頼は自分の尺度で測ってはいけない。好きとか嫌いとかいった感情を捨てて「こいつは社会的にOKだろうか」と評価をくだすのが重要だ。
言い換えるなら「家で飼っている猫の世話を任せて大丈夫な人」としてもいいだろう。自分にとって、「この状況なら」と最も信頼できる人に任せたいシチュエーションを想像し、人選すると間違いない。時には家財道具を売っ払われることもあるかもしれないが、それもまた人生である。
以上。限界個人事業主があなただけにこっそり教える、秒速で6億稼ぐ方法、もとい人生詰まないための底辺ライフハックである。本コラムがすべての人に役に立たないことを祈る。
(文:加藤広大)