マネジメント、採用、育成、意思決定……エンジニアリング組織を率いるCTOやVPoEの方々は、日頃から大小さまざまな課題に向き合っています。このコーナーでは、エンジニアリング組織のお悩みを読者の皆さまから募集。UUUM株式会社の元CTOで、現在Repro株式会社の執行役員CTOを務める尾藤正人さんがアドバイスします。

第8回のお悩みはスタートアップに転職すべきかどうかです。

お悩み:スタートアップに飛び込むべきか迷っています

知り合いのいるスタートアップからCTOとしてジョインしないかと誘いを受けています。環境を変えて挑戦したい気持ちはありますが、これまで比較的大きな企業でしか働いたことがなく不安もあります。尾藤さんが企業選びをする際はどいったところを見ていますか?そしてスタートアップで活躍していくためにはどのような能力が必要ですか?

尾藤さんからの回答

成功する保証があるスタートアップはない

外部からCTOとしてジョインするということは、創業間もない初期のスタートアップかとお見受けします。それは、ある程度の規模の会社がCTOを外部から登用する場合、すでにCTOなどである程度実績がある人に声をかけるケースがほとんどだからです。

個人的に初期のスタートアップにCTOとして入るとしたら、こだわりたいポイントは「将来大きく伸びる可能性があるかどうか」です。

中小企業が「うちはスタートアップだ」と表現することがよくありますが、私は少し違うと思っています。私はスタートアップというのは、0かホームランのどちらかを狙う企業だと定義しています。うまくいかなかったらいかなかったで仕方がないのですが、狙うのはホームランであって欲しいんです。もちろん堅実に事業をする企業が悪いわけではありません。ただ、個人的にホームランを狙うようなチャレンジをするスタートアップが好きなので、そういうところを目指して欲しい気持ちが強いですね。

よってスタートアップにCTOとしてジョインするなら、ホームランを狙って事業をやっているか、そして本当に目指せるかどうかを見極めてチャレンジして欲しいと思っています。

ただし、ご存知のとおり初期のスタートアップは非常に不安定です。成功するスタートアップはほんの一握りで、事業がうまくいく保証はありません。そういうところにCTOとして参入するのであれば、うまくいかないことを前提にやるしかない部分はあります。そのためリスクを取る覚悟は必要ですが、やってみないとホームランになるかどうかも分かりません。

一方で、ジョインする会社にいいように利用される必要はありません。スタートアップでもきちんと資金調達をしていれば給与は出ます。いくらか年収は下がるかもしれませんが、もらうものはしっかりもらいましょう。

キャリアアップに必要な「偶然」を計画的に起こす

よくいただく質問に「そのスタートアップが伸びるかどうかをどのように見極めたらよいか?」というものがあります。確かに難しいですよね。いくつか指標はあっても残念ながら絶対的なものはありません。最後は自分の直感を信じるしかないと思います。

同じく「おもしろそうという理由で決めるのは危険か?」と問われることもありますが、それはそれでひとつの判断軸だと思います。おもしろそうだと飛び込んで、それがたまたま成功したら言うことはありません。

私は「計画的偶発性理論」という考え方がとても好きで、自身のキャリアを築く上で大切にしています。簡単にご説明すると、「計画的偶発性理論」は、スタンフォード大学のジョン・D・クランボルツ教授らが提案したキャリア論に関する考え方です。

教授らが社会人に対して、彼らがどんなきっかけでキャリアアップをしたかを調査した結果、「個人のキャリアの約8割は予想しない偶発的な出来事によって決定される」ことが分かりました。平たく言うと、8割が「偶然」や「運」によって決まっているというなかなか衝撃的な結果です。そこで計画的に偶発的な出来事を起こして、自身のキャリアをよいものにしていこうというのが「計画的偶発性理論」なんです。

何も考えずに毎日なんとなく仕事をしていたら偶発的な出来事は起きません。リスクを取ってでも、さまざまなチャレンジすることにより偶発的な出来事が起きる可能性が上がります。そのためさきほどあった「おもしろい」という判断軸に従い、自分の興味があること・おもしろそうだと思えたことに飛び込むのもひとつのチャレンジですので、私は悪くないと思います。

もちろんうまくいくかどうかは別問題ですが、スタートアップは10個あったら9個は失敗するような世界です。スタートアップに入るというのは、時間というリソースを提供してリスクを取っている状況です。私は何社かスタートアップに出資という形で携わっていますが、お金というリソースを消費してリスクを取っていると言えます。

時間でもお金でもスキルでも…何らかのリソースを提供することでリスクを取り、チャレンジをする。これって短期的にはリスクかもしれませんが、長い目で見たらそうでもないと思うんです。

少なくとも私個人の考えでは、スタートアップへのジョインはリスクですらありません。自身が借金を抱えるわけでもなく給与も出ます。会社が潰れることはあるかもしれませんが、そうなったら次の仕事を探せばいいだけです。

むしろキャリアという視点では、スタートアップでCTOとして技術的なリーダーを務めたという実績が残ります。

スタートアップに向いている人・向かない人

以前スタートアップでCTOを探しているという話を聞いて、「将来CTOを目指したい」と言っていたエンジニアを紹介したことがありました。技術セットは全然違いましたが、勉強するなりして挑戦してみたらどうかと思ったんです。しかし、何度か面談を重ねた末に「自信がない」「確証が持てない」と断ったようでした。

その気持ちも分からなくもありません。ただ、前述のとおりスタートアップに成功する確証を持って転職をするというのは無理な話です。また、自分のスキルセットと違うといっても、やってみないと分からない部分もあります。良い悪いではなく、堅実でリスクを嫌うタイプの人はやはりスタートアップは向いていないと思います。

では、どんなエンジニアがスタートアップのCTOに向いてるかというと、まずは保守的ではない人ですね。

私の場合、以前実施した適性検査で結構極端に「計画性がなくて楽観性が高い」という結果が出ました。仕事にしても何にしても、「うまくいくかどうか心配してもなんにもならない。やってみないと分からないし、やらないと何も起きない。うまくいかないことを考えても仕方がない」というのが私の考え方なんです。

失敗するとダメージを負うという意識を持っている人は多いですが、私は仮にうまくいかなくてもダメージはないと考えます。こればっかりはもう性格の問題だと思います。うまくいく確証がないと動けないという人は、スタートアップに転職せず、会社の中で出世する道を選んだほうがいいでしょう。ただ、個人的にはスタートアップのCTOにチャレンジしたほうがキャリアアップのショートカットだとは思います。

エンジニアだからこそリスクを取れる

エンジニアは専門職で自身のスキルで勝負ができる職種です。潰しが利きますし、このような社会情勢下でも比較的安定して仕事が手に入ります。安定性を求める方も多いようですが、安定的に収入を得られるからこそ、チャレンジしてもリスクが小さくて済むと思っています。

さきほども少し触れましたが、たとえ会社がうまくいかなくてもエンジニアの仕事は世の中にいくらでもあります。それなりのスキルを持っていれば就職先にも困りません。他の職種ではこんな有利な条件ってなかなかありません。

私が思いつくリスクは年収が下がるくらいですが、ゼロになるわけではないですよね。年収が下がることに対して拒否反応を示す人が多い印象はありますが、エンジニアというリスクが取りやすい特性を生かしてどんどんチャレンジしてほしいと思います。

「どういう企業を選ぶか?」よりも「自分が何をやりたいか・何を実現したいか」を大切にしてキャリアを築いていってください。

自らチャンスを掴まないと成功の可能性もない

私が実際スタートアップにCTOとしてジョインしたときはもちろん、将来成功する見込みがあるから挑戦しました。ただ、万が一失敗しても実績は残りますし、ましてや命を取られるわけでもありません。目先ではなく長期的な目線で見ると、キャリアとしてプラスになります。

チャンスが目の前にあるなら、自らつかみ取りにいかないと大きな成功は手に入りません。たとえば、何年も「起業したい」と言い続けている人がいますよね。考えたり悩んだりして時間が過ぎてしまうくらいなら、早く行動したほうがいいと思います。

「いつからそういう考え方ができるようになったのか?」と聞かれることもありますが、もともと自分の中の大きな軸として「面白いことが好き」「ものづくりが好き」というのがあるんです。さきほど挙げた「計画的偶発性理論」もあとで知ったことで、結果論でしかありません。振り返ってみたらなるほど合理的だったんだなと理由づけしただけです。単に自分がやりたいことをやりたいと思ったときにやるという気持ちが強いんでしょうね。

自身の特性を知りキャリアに生かす

実のところ自分の性格的にはマネジメントはあまり向いていないと思っています。そのためマネジメントについては、理屈や方法論に沿ってこなしているといった感じです。

ただ、エンジニアはコミュニケーションがあまり得意じゃない人も多いので、その中で少し他のエンジニアよりできていればいいという感覚でやっています。これが営業職のマネジャーになれと言われたらとても務まらないと思いますが、そうではありませんから。マネジメント能力がずば抜けて高くなくても自分が置かれた環境、つまりエンジニア組織の中でうまくこなせればいいんです。

自分の特性を知り、置かれている状況と役割を理解すると、何をどのように補えばいいか分かります。物事を打算的に、そして理屈で考えて結果を出すという考え方も大切です。持って生まれた好き嫌いや性格は絶対に変えられません。おとなになったあとは尚更です。それは努力でなんとかなる部分ではないからです。

よって転職やキャリア形成においても、自分の持って生まれた特性を補強するほうに頑張ったほうがいいんですよね。その特性をベースに、どうしたら自分がやりたいことや好きなことができるのかを考えて行動したほうが生産的ですし、人生が楽になると思います。私自身、それを心がけて物事を理論的に考えるようにしています。

スタートアップへの転職に迷っているという相談者様は、いまいちど自分がやりたいことは何か、それはリスクを取ってでも成し遂げるべきものか考えてみていただければと思います。

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