マネジメント、採用、育成、意思決定……。エンジニアリング組織を率いるCTOやVPoEの方々は、日頃から大小さまざまな課題に向き合っています。このコーナーでは、エンジニアリング組織のお悩みを読者の皆さまから募集。UUUM株式会社の元CTO・尾藤正人さんがアドバイスします。
第5回のお悩みはエンジニアに採用に協力してもらうにはどうしたらいいかです。
目次
お悩み:エンジニアを採用活動に巻き込むには?
今回は「エンジニア採用で自社のエンジニアにも協力してもらいたいのですが、エンジニアが業務多忙でなかなかうまく巻き込めていません。どうするとよいでしょうか?」というお悩みをいただきました。こちらについて考えてみようと思います。
尾藤さんからの回答
まず「人はどうすれば動くか?」を考える
第1回目に、エンジニア採用には早い段階で必ずエンジニアの意見を取り入れてくださいとお伝えしましたが、時間を持て余しているエンジニアはまずいないので、そもそも協力を得られる体制にするのが難しい場合もあります。
まずは人を動かしたいなら「どういう原理で人は動くか」を考えることが重要になってきます。少し哲学的な話に聞こえるかもしれませんが、こういう場合、ただ単に外から働きかけたところで人はなかなか動いてくれないのです。
たとえば、世の中の多くの企業がDXを進めようとして失敗しています。一見採用とは無関係に思える話ですが、これも人を動かすことに関する構造的な問題が潜んでいます。
あなたの会社で上層部から「DXで生産性を上げればコストが下がるのでやりなさい」と言われたらどうしますか。こういうときに「自社に対応できる人材がいないから」と、外部のシステム会社に要件を丸投げし、なんらかのシステムを作ってもらおうとする企業が多いんです。ただ、外部のシステム会社だと、あなたの会社の中に対して何の影響力も持っていません。
確かに依頼された通りにシステムを作り、DX化にあたって必要な提案もしてくれるかもしれません。しかし、業務改善や改革のレベルでうまく機能するまで面倒を見てはくれません。
また、実際に作られたシステムを結局中の人が使わないなんてこともよくあります。業務のやり方を変えてまであてがわれた新しいシステムを使ったところで、自身の評価が上がるわけではないからです。こういう流れが生まれてしまうとDXの推進がなかなかうまくいきません。
誰から指示が下りてくるかの重要性
こういった状況が発生するのは、指揮系統に問題があるからだと私は考えています。
人はなぜ会社に所属し働くかと言うと、もちろんお金をもらうためではありますが、思っている以上に「人から評価をしてもらうこと」も重要な軸になっています。自分が一生懸命やった仕事や成果物が誰からも認められないとしたら…次からも同じく一生懸命取り組めるでしょうか?
何かを成し遂げたときに、他者から評価され認められるという結果が伴わないと人は行動しません。そのためさきほどの例のように、外部からの要請に対して協力をしたとしてもそれが自分の成果や評価に結びつかないと行動を起こさないのです。そう考えると、人を動かそうとするときに何をすればいいかが見えてきます。本人に対してお願いをするよりも、その人を評価する立場の人に依頼し、その人から指示してもらうのです。
今回のご相談の場合、エンジニアに採用に積極的に関わってもらうためにはエンジニア組織のトップの人からその指示が下りる体制にしていかなければなりません。そのため人事が会話をする相手はメンバーではなく、エンジニアのトップの人です。
本来、エンジニアの採用が会社として必要であるという認識があれば、エンジニア組織のトップはメンバーに採用に協力するよう指示をしてくれるはず、もしくはすでにしているはずです。しかしそれが言われていない・共通認識になっていないとすれば、そもそも採用を会社組織の課題として捉えられておらず、現場のエンジニアや人事に丸投げされているという別の問題が潜んでいると言えるでしょう。
さきほどあげた、企業のDX化がうまくいかない話も経営者自らがトップダウンで指示を下ろし、改善していく動きができていないことが原因です。外部企業がどれほどよい提案をして、よいシステムを作ったところで、指揮系統の流れに従っていないので人を動かすことはできません。横槍を入れるような外からの働きかけで物事を根本的に変えていくのは非常に難しいのです。
エンジニアの採用への貢献を評価する仕組みを作る
また、自分の忙しい労働時間を切り売りして採用に協力してくれたエンジニアに対して、きちんとその貢献を評価する仕組みを作れているかという点にも注意が必要です。
採用に時間を割くと、本来の開発業務を多少なりとも圧迫します。責任者となればなおさらです。しっかりとした指揮系統の中で任された仕事だとしても、採用への貢献を正しく評価されない環境では、エンジニアは不満がたまります。それどころか「開発が進んでいないから」といって低く評価してしまう企業も少なくありません。これでは、「やっても仕方がない」「一生懸命やっても報われない」とマイナスイメージを持たれ、誰も採用に関わりたくなくなります。
実はエンジニアが採用にあまり協力的でないと悩んでいる企業で、ふたを開けてみるとこういった状況だった、という例は珍しくありません。こうなってしまうと人事がどれだけ一生懸命に働きかけたとしても、エンジニアを動かすのは基本的に無理だと思います。個人の能力の有無よりも仕組みの問題です。
正しいアプローチ相手を見極める
エンジニア組織のトップに働きかけるべきだとお伝えしましたが、ご相談内容から、おそらく今回の相談者さまのエンジニア組織にはCTO(もしくはそれに相当する役職)は不在なのではないかと思われます。というのもCTOがいてエンジニア採用に興味がない状況は考えにくく、CTOがいないからこそ今回のように採用が人事に丸投げされてしまうケースが発生します。
また、エンジニアが非常に多忙であるとのことですが、さきほども少し触れたとおり開発スピードを維持しつつ採用にも工数を割くのは不可能です。多少スピードを落としてでも採用をしっかりやるのか、今は開発に注力すべきなのか、それを判断するのは人事ではなく経営サイドです。
もしエンジニア採用が本当に急務なのであれば、そこに対して工数をかけるべきだと経営サイドに正しく認識してもらわなければ話は進みません。経営サイドに「エンジニアの採用にはエンジニアが関わるべきであり、そこに対してエンジニアをアサインをしなければいけない」と経営サイドの人物に対して提案し認めてもらうことが必要です。そもそもアプローチしている相手が正しいか、改めて考えてみていただければと思います。
責任者不在が招く「お見合い」状態
もうひとつ大切な観点があります。それは責任者を決めるということです。
たとえば、人事がエンジニアを面接にアサインするときに「誰か面接に出てくれる人はいませんか」とSlackで@channelでメンションしたとします。しかし誰からも返事がこない…こういう状況、思い当たる方も多いでしょう。このように「みんなで協力する」はほとんどの場合うまく機能しません。これも個人の問題というよりは構造の問題です。みんな協力したくないわけではなく「自分が手を挙げなくても誰かがやるかもしれない」「誰がリードするんだろう」とお見合いをしてしまうんです。
よって誰に責任を持って対応してもらうかを決めなければいけません。ただし、採用におけるエンジニア側の責任者を人事決定権を持たないコーポレート部門の人事担当者は決められません。エンジニア組織のトップの人から任命してもらう必要があります。
そのためにも開発組織のトップに「エンジニアを増やすためにはエンジニアが採用に積極的に協力する体制を作ることが必要不可欠で、そのために人材を割り当てる必要がある」と認識してもらうことが大切です。エンジニアが採用に工数を割ける体制を整えるのは、エンジニア組織のトップの役割です。
責任範囲を明確にするための方法
このように、指揮系統を正しくできるか、適切な責任者を置けるかといった、組織設計の良し悪しでビジネスの結果は大きく変わってきます。
私が組織改善のお手伝いしている企業でもエンジニアの数はそれなりにいるのに開発がうまく回っていないことがよくあります。そういう問題を抱えている開発組織は、役割に対して担当者が複数いる状態になっており、明確な責任者がいないことが多かったです。なにかうまくいっていない課題があってもボールを拾う人がおらず、いつの間にかスケジュールが遅延していたり、作業が滞っていたりといった状態が蔓延しています。こういう組織は、役割と責任者を明確に割り振り、チーム分けをして回していくだけで、かなり全体の動きがよくなります。
そのとき私がよく利用するのがRACI図(レイシー図、レイシーチャートとも)です。RACI図はタスクの責任者とその役割、責任範囲などを明確化するのに有効で、おすすめの手法です。RACI図では、タスクに対してアカウンタブル(A:Accountable、説明責任者)を必ず1名にする必要があります。このAが決まると物事がうまく回るようになります。アカウンタブルとリスポンシブル(R:Responsible、実行責任者)は必ずしも一致していなくても構いません。
今回のご相談内容だと、人事とエンジニアはたとえば以下の役割分担でアカウンタブルを持つとよいでしょう。
人事:応募者の選定、日程調整、内定者とのやり取り、受け入れ体制の整備など
エンジニア:採用要件の決定、候補者に開発組織の魅力を伝える、書類選考・面接での評価など
上記を見ていただいても分かるとおり、エンジニア側にもアカウンタブルを置く必要があります。基本的にはアカウンタブルの人がレスポンシブルの人を決めます。
人事ニア(人事・採用領域に強いエンジニアのこと)を置くというのもひとつの手段ではあります。人事ニアを置く利点は所属が人事なので開発の仕事に工数を割くことなく、採用に集中できることでしょう。ただし、どちらにしてもアカウンタブルは決める必要があります。所属がどこであろうと役割と責任者を明確にするべきなのは変わりません。
今回のご相談では、エンジニアが業務多忙のため人事への異動はかなり難しいと思いますが、もし経営陣が必要だと判断すればそういった方法もあるかもしれません。
採用は人事だけのミッションではない
ここまでお伝えしてきたとおり、エンジニアに採用に協力してもらうためには、
・経営サイドがエンジニア採用を企業のミッションと捉え、
・エンジニアを評価する立場にいる人物から指揮系統を下ろし、
・責任者を立て、
・開発業務のうち何割かは採用に割くことを承認
していかないと進みません。
経営サイドが「採用はすべて人事の仕事」だと思いこんでいる場合は、「エンジニアが採用に関わる必要はないのでは?」という思考になっているため道のりは険しいかもしれません。しかし相談者さまの「採用にエンジニアを巻き込みたい」という意識は、エンジニア採用において非常に重要で、これからも大切にしていただきたいと思います。
今回お伝えした内容を踏まえ、経営サイドやエンジニア組織と連携して採用が円滑に進むよう願っております。
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