これまで、クロコスCTO、ヤフージャパン マーケティングソリューションカンパニー開発本部ソーシャルマーケティング開発部部長、メルカリCTOなど、多くの企業でエンジニアチームを率いて、各企業・各組織にあった組織づくりに尽力してきた柄沢聡太郎氏。
2020年に発生したコロナ禍は多くの業界に多大なダメージを与えました。その状況下で、新たな飲食店デリバリースタイルを目指すスターフェスティバル株式会社。柄沢氏は、同社で取締役CTOを務めながら、自身の店である吉祥寺にあるビアレストランP2B Hausオーナーとして奮闘。テクノロジー・エンジニアリングと外食・飲食産業を掛け合わせたさまざまなプロダクト開発に関わっています。
今回、非常に多彩なキャリアを積んできた柄沢氏(sotarok氏)に、動いているプロダクトやサービスのエンジニアリングとチームビルディング、そして、自発的なプロダクト開発ができる組織づくりの極意について伺いました。
リアルビジネスとテクノロジーの融合
――sotarokさんは、これまでヤフージャパンやメルカリなど、日本有数のIT企業でエンジニアリングチームを率いてきた実績をお持ちです。そして、2019年、メルカリCTOを離れたときには、エンジニアコミュニティ界隈ではその動向に注目が集まり、そして、ご自身の店舗のオープン、そして、さまざまな企業の技術顧問などを経て、現況に至ったと認識しています。まず、メルカリ退職後、今の立場(スターフェスティバル取締役CTO)になるまでのご自身の動きについて教えてもらえますか。
柄沢氏(以下、「sotarok」):今、お話にもあったように、私はヤフージャパン、その前のクロコス時代からさまざまな企業でエンジニアを組織するマネジャーに近いところで仕事をしてきました。その経験について、次に生かしたいという気持ちがありました。
今、スターフェスティバルに所属しているきっかけは、そのクロコス時代からお世話になっている小澤隆生(ozarn)さんつながりと言えますね。スターフェスティバルに小澤さんが出資していたこともあって、スターフェスティバル経営陣と面識がありました。
メルカリ退職後、相談があってやりとりしながらアドバイスをしているうちに、2020年2月に取締役CTOとしてジョインしています。きっかけがあったことに加えて、私自身、食べることを扱う事業への興味があったこと、その事業の伸びしろを強く感じていたこともジョインした理由の1つです。
アドバイスをしていたころから感じていたのが、(スターフェスティバルは)非常に良い、魅力的な資産を持っていながら生かしきれていないという点でした。その要因の1つは、もともとの出自が営業と事業開発で拡大した企業だったため、技術を生かせる組織ではなかったからです。特にこれまでの私自身の経験もふまえて、「リアルビジネス×インターネットビジネス」の可能性は感じていたので、さらに事業を拡大することを目的にスタートしました。
エンジニアを、営業・企画と同じレイヤーにする
――sotarokさんは、これまでもソーシャルメディアの開発、そして、インターネットと人をつなぐビジネス、メルカリでは「モノの販売」という、生活とインターネットの融合に関して、エンジニアチームの組織を扱ってきました。その中で「リアルビジネス×インターネットビジネス」の可能性を広げるとのことでしたが、スターフェスティバルでは具体的にどのようなアプローチで取り組んでいるのでしょうか?
sotarok:スターフェスティバルのこれまでの成長要因は、営業・企画の質だと感じています。同業と比べても大変素晴らしく、トップランナーと言えるのではないでしょうか。そして、次のフェーズに成長していくには技術の活用が欠かせないとも感じました。
ただ、営業・企画の部門がリードしていた状況では、多かれ少なかれ営業・企画部門から開発部門(エンジニア)へタスクを割り振る、という受託型の業務フローで進んでいたため、私がCTOに就任したタイミングで、営業・企画と開発、それぞれの部門のメンバーを融合、さらに言えば、良い意味でフラットな組織になるよう意識しました。
具体的には、エンジニアと、プロダクトマネジャーやデザイナーなどのプロダクト開発に直接的に関わる職種を同じ部署にすることから始めています。こうすることで、プロダクト開発をするエンジニアたちが(別部署からの)要求に答えるのではなく、自分たちが何をするか自発的に要求できる、もっと言えばエンジニアがプロダクトに対して提案できる開発の土壌を整備したのです。
企業のMVVをもとにロードマップにし、プロジェクト化する
――事業会社、とくに、IT以外の事業を扱う場合では、どうしても営業や企画の部門からのプロダクト開発が多いと思います。特に日本ではその面が強いと感じます。その中で、まず、組織内での部門のフラット化を目指したというわけですね。エンジニアとプロダクトオーナーを同じチームの組織にしたとのことですが、もう少し詳しく聞かせてください。どのようなフローでフラット化、その先にあるチームとしての成長・成熟を目指しているのでしょうか。
sotarok:一番のポイントは、自社のビジョン・ミッション・バリューをきちんと言語化するだけではなく、それらを落とし込み、中長期的な目線でプロダクト開発に取り組むためのプロジェクトチーム化をした点です。
これにより、自分が関わる部分と、プロダクト全体のビジョンやミッションとの位置関係を明確にできます。さらに、営業・企画部門が考える事業計画やタスクなど一方的なものだけではなく、それぞれの立場からの考えやアイデアを共有しながら、四半期、半年、1年といったスパンでのマイルストーン、そして目指すべき将来を描いたロードマップまで、メンバー全員でプロダクトのストーリーが共有できるようになります。
加えて、プロジェクトチーム内にエンジニア、さらにデザイナーも含めたことによって、それまでの組織で少なからず生まれていた、社内組織での受発注の関係、とくにエンジニアが感じる自社プロダクト開発という名の受託感が解消できるようになりました。
たとえば、技術そのものを開発する、技術そのものがコアコンピタンスである企業であれば、「技術」が価値になりますが、私たちを含め、多くの事業会社は、ビジネスのために技術を使うわけです。ですから、私が事業会社の中でエンジニアチームを組織する際、事業会社が内製開発機能を持つ意味は「技術を利活用して自ら価値を生み出していく」ことだと考えています。そのためのチームであり、まずはチーム内でビジョン・ミッションをすり合わせて、ロードマップ化して共有します。
具体的には、事業として認識していたことに対して、これというプロダクトの定義がなかったため、はじめに事業に対するプロダクトの定義をしました。そして、プロダクトロードマップに対して、プロジェクト化、人材配置などをしています。
プロダクトのロードマップについては、半年で見直すようにしました。常に1~2年後の姿を共有し、そこから、直近1〜2ヵ月のタスクの確認、実行を行うスタイルです。このような形にすることで、事業部が決めてから開発が動くのではなく、プロダクトの姿から事業の解像度を固めることができます。そして、プロダクトとの整合性が取れるだけではなく、時系列に結果の評価と改善に向けた動きを、営業・企画・開発、それぞれの部門が同じ立場で共有できるのです。
この組織の強みは、仮に今現在のプロダクトやサービスが、ビジョン・ミッション・バリューとかけ離れていても、無理にこじつける必要がなく、かけ離れている部分をチーム内で言語化・共有して、どの立場の人間からも近づける努力をしてもらえるようになる点です。
企業規模とポジションに適した組織づくり
――今お話しいただいたような、事業部門や開発部門に上下関係がない組織、プロダクトを中心にビジネスを推進できる組織を目指すと、最終的なゴールを共有しやすいということで、ビジネスを進めやすくなると感じました。一方で、営業・企画の立場からは抵抗したくなる部分もあるかと思いましたが、そのあたりは特になかったのでしょうか?
sotarok:おっしゃるとおり事業部側のメンバーによっては物事を進めづらくなった部分もあると思います。ただ、私が業務委託で手伝っている時点から、代表には「プロダクトを中心にすることの重要性」は伝えていましたし、その後、代表自身もその意識が強くなって、私が経営陣に参画したという背景もあります。
――プロダクト思考の組織を整備すると同時に、開発部門、エンジニアの採用や育成はどのように考えていますか。
sotarok:まず、今の組織を前提にお話しします。スターフェスティバルは冒頭でも話したように、それまでは営業・企画部門からの要件を実装する体制だったことに加え、ジュニアエンジニアが多くおり、長らく、古参のシニアエンジニアが調整役として間に入る形をとっていました。
しかし、プロダクト中心のビジネス推進をしていくにあたっては、ビジネス目線で対等に議論・要件定義のできるシニアエンジニアが必要です。ですから、CTOに就任するにあたり、経営陣に対して「事業を広げるためにシニアを積極的に採用したい、そのため、これまでの給与テーブルにこだわらず強いエンジニアを採用するための予算と採用計画を立てさせてほしい」と掛け合い、認めてもらいました。これは非常に大切なことで、いくら理想の組織を描いても、人材がいなければ絵に描いた餅になってしまいます。
そのため、こちらで考えている人材要件や、それに見合う給与テーブルを私が計画し、企業として共有したわけです。CTOの業務として、あたりまえといえばあたりまえですが、経営の一員として、ここの説得ができるかどうかは大事ですね。直近では、株式会社アイスタイルでCTOを務めていた竹澤有貴がスターフェスティバルにジョインしています。これはまさにシニアエンジニアを積極採用した結果の1つです。
そして、先ほど説明したミッション・ビジョンのロードマップ化により、採用計画も当てはめやすくなります。目指すミッション・ビジョンを実現するためのロードマップとそのプロジェクトチームと考えると、それを実現するために必要な人員はおのずと見えてくるわけです。
また、これまで所属していたジュニアエンジニアにとっても、プロジェクトチームの一員として、事業拡大に向けた自発的な開発や、 中長期的な目標に向かっての連続的な開発、そしてシニアエンジニアからの支援を得ることで、これまでにはなかった角度での成長を感じられる機会が増えるはずです。
開発部への依頼ベースで物事が進んでいた状況と対比すると、営業・企画部門のメンバーにとっては、少なからず「思うようにいかない」と感じられる場面もあったかと思います。それでも、プロダクトファーストの考えが浸透し、少しずつ結果が出てくることで、より大きな夢、想像しなかった可能性を思い描けるような空気が生まれてきたと感じます。こうした空気。ワクワク感を会社全体で共有すること、そのためのワクワク感を生み出していくのがエンジニアの仕事の1つだと私は考えます。
困ったときのエンジェル投資家
――改めて、sotarokさんが取り組んでいることが1つの流れになっていると感じました。誤解を恐れずに言えばできすぎともとれてしまったのですが(笑)、こういう形にしていくうえで、ご自身が困ったこと、あるいは、失敗してしまった体験などはありますか。
sotarok:もちろん失敗はたくさんありますよ(笑)。クロコス、ヤフージャパン、メルカリ、それぞれで部長やCTOという役割を担当しましたが、どこでも最初はうまくいかなかったり、いろいろと混乱したり壁にぶつかったことは多々あります。
たとえば、先ほどお伝えしたように採用計画に経営陣にコミットしてもらう重要性は、これまでの経験や直面した壁から得られたことで譲れないポイントの1つです。まず、CTOが目指すことを経営陣、もっと言えば企業のトップに理解してもらい、会社ごととして、経営陣に理解してもらって信頼を得るようにします。
さらに、採用における給与テーブルにしても、もともと企業が考えている枠以上でなければ採用できない人材がいたとしたら、そして、その人材が目指すチームで必要と感じたら、CTO自らが枠を壊して変えていく必要があります。
――誰もができることではないかもしれませんが、CTOは諦めずに妥協しない姿勢が大切と伝わってきました。そうした姿勢を持てるようになったきっかけ、あるいは影響を受けた本や人はいますか?
sotarok:本はたくさん読んでいます。その中で、最近読んだものでは『HIGH OUTPUT MANAGEMENT――人を育て、成果を最大にするマネジメント』(日経BP社刊、2017年)が印象に残っています。この本は、マネジメントの軸となる部分で参考になりました。
影響を受けた人は具体的には思いつきませんが、たくさんの人と話すことを心がけています。そして、自分が壁にぶつかった場合、社内で同じ立場か上長に相談していました。CTOなら、CxOなど経営に近いポジションの人と会話しますね。他にも、社外で壁打ちができるような存在を見つけるのも良いですが、実際はそう簡単には見つかりません(笑)。
もし、自分の所属する会社がエンジェル投資家に支援してもらっているのであれば、その人に相談するのも手です。VCが成長や結果へのコミットを重要視するのと比べて、より客観的な立場から意見をしてくれることが多いです。私自身、エンジェル投資家としての立場も持っているので、そのような相談に乗ることはよくあります。
1つ言えるのは、状況が手遅れになる前に、相談する、あるいは、動くという意識を持つことが大切です。
今後は実産業に対してソフトウェアエンジニアが必須になる
――sotarokさんが考える、エンジニアの在り方、チームの作り方、CTOのポジション、そして、プロダクトの価値と創造について非常にたくさんのことが伺えました。最後に、これからの社会・産業におけるソフトウェアエンジニアが持つ意味、意義についてご意見いただけますか。
sotarok:これからの社会では、すべての経済活動にソフトウェアが入り込むといっても過言ではありません。もっと極端な言い方をすれば、ソフトウェアのない社会はありえないでしょう。そう考えれば、ソフトウェアエンジニアの価値は上がり続けますし、今、日本で言われているDXがさまざまな産業で推進していけばいくほど、ソフトウェアエンジニアの需要は高まります。
特に実産業とデジタルを結び付ける橋渡しの存在が重要で、ソフトウェアエンジニアがその役割を担います。ですから、私は、ソフトウェアエンジニアはこの先、働き場所には困らないとも考えています。もちろん、自称ソフトウェアエンジニアではだめで、ソフトウェア、さらにインターネットについてきちんと理解していることが大前提です。そのうえで、DXという文脈で考えれば、ビジネスのプロセスとデータのつなぎ合わせ、設計ができるかどうかで、そのソフトウェアエンジニアの評価は格段に変わります。
少し話が変わりますが、この20年で日本という国でのIT化が進んだ結果、社会人になってから非ITの職種の人がプログラミングを学ぶことが増えましたし、そういった内容を扱う書籍、さらにスクールは年々増えています。非IT→ITの流れです。一方、これの逆のパターン、すなわちソフトウェアエンジニア→非IT業務、ここでは非IT業務をビジネスと捉えますが、そちらのアプローチはまだまだ少ないように感じています。ですから、DXが推進するのであれば、ソフトウェアエンジニア自身が、自分が関わるプロダクトのビジネスや産業構造を学んでいくことが重要ですし、その理解度が高ければ高いほど、結果につながると私は思います。
これからのソフトウェアエンジニアは、自分で領域を狭めず、ソフトウェアの領域に加えて、別の領域にも手を出し、また、意見を言えるようになることで、各産業の成長、ひいてはより良い日本社会の実現につながっていくはずです。ソフトウェアとまっすぐ向き合っていれば、作れば解決するのか、作るだけでは解決しないのかが分かるはずです。そして、経験を積めば、「ただ作っても運用が回らない」など、ソフトウェアそのものの部分も見えてくるでしょう。
そのとき、「自分はエンジニアだから」「運用は他の部署の話」と考えてしまうのではなく、他の部署の人間に対して、運用について説明したり、うまく運用してもらうために、エンジニアとして何ができるのかを考えることが大切です。私自身、そのようにしてきて今があると感じます。
このような、全体を見る意識、俯瞰する視点を心がけることで、ソフトウェアの外側の領域へ広げることが可能になります。また、その先にビジネスの観点が身に付くはずです。そして、今はまだそういった人材が少ないわけですから、逆にエンジニア(の成長として)チャンスだと捉えてほしいですね。
――ありがとうございました。
(聞き手:株式会社技術評論社 馮富久)
sotarokさんに3つの質問
Q1:sotarokさんが考える優秀なITエンジニアが持っている要素
自らの関わるビジネスにおけるソフトウェアの立ち位置を理解し、その最大化のためにエンジニアリングを軸足におきつつ必要に応じて領域を飛び出すことができる。
Q2:sotarokさんが今注目している、技術、プロダクト、サービス
(特定のものではなく幅広く)リアルとネットを融合させる要素を持つ技術・プロダクト。
Q3:sotarokさん個人として興味があること、これからの社会との関わり方
今は、特に飲食業界とテック。とはいえ、課題の多い領域が好きなので、自分たちの強みを活かしてより楽しい社会をつくる、その一端を担えるといいな〜と思ってます。