【前編】AI時代の生存戦略 開発が3倍速になっても、人間が手放してはいけない一線

インターネット黎明期の1990年代から、圧倒的なわかりやすさで多くのエンジニアを支え続けてきた技術解説サイト「とほほのWWW入門」。その運営者である杜甫々(とほほ)さんは、個人メディアの先駆けとして、30年以上にわたり情報を発信し続けてきました。

テクノロジーの移り変わりが激しいIT業界において、これほど長期にわたり個人で発信を継続し、愛され続ける理由とは何なのか。

後編となる本記事では、発信を続ける原動力、SNS時代における他人からの評価や炎上との向き合い方、そして将来に不安を抱える若手エンジニアに向けた生き方のヒントをお聞きしました。

杜甫々さん プロフィール
ソフトウェアエンジニア。1965年生まれ。1988年、広島のソフトウェア会社に入社し、2025年10月に定年退職。1996年にWeb技術の解説サイト「とほほのWWW入門」を開設。座右の銘は「ま、いっかぁ」。

好きだから、やってるだけ。30年続く継続の真実

——とほほのWWW入門は、1990年代から30年以上にわたり運営されています。多くのエンジニアから、「なぜそこまで長く発信を続けられるのか」と聞かれるのではないでしょうか。

杜甫々さん(以下、杜甫々): そうですね、本当にどこに行ってもよく聞かれますが、答えは昔からずっと一緒で「好きだから」なんですよね。

新しい技術が出たら、どんなものなんだろうと調べるのも、自分で実際に動かして試すのも、情報を自分なりにわかりやすくまとめる作業も大好きなんです。「継続は力なり」というよりは、「好きこそ物の上手なれ」という言葉のほうがしっくりきますね。私としては、単に好きなことを趣味として続けているだけなんですよ。

——サイトを拝見すると、プログラミングやWeb技術だけでなく、タイ料理にハマったときの解説や、韓国語の構造に関するページなど、実に多彩な情報が掲載されていますよね。

杜甫々:あれも全部、そのときに自分が個人的に興味を持ったことなんです。タイ料理っておもしろいなと思ったら、ワッと調べてページをつくったり、「ハングルってローマ字の組み合わせに似ているな」と思ったら、解説をつくってみたりして。個人のサイトだからこそ何の制約もなく、好きなことを自由気ままに発信できる。その自由さがあったから、純粋に楽しむだけの場として、長年ストレスなく続けられたんだと思います。

あるとき仕事がすごく忙しくて、サイトの更新をストップしていた時期には、ネット上で「杜甫々死亡説」みたいな噂が流れたこともありました(笑)。でも、仕事が少し落ち着いて時間ができたときには、自然な流れでまた更新を再開しましたね。あくまで趣味ですから、そうやって更新時期も内容も、自由に続けていました。

W3Cとの見解が異なり炎上。発信の際は「人を否定しない」

——最近は、ネットやSNS上の評価や批判に心が折れてしまう発信者も増えています。杜甫々さんは他者からの反応に振り回されることはありませんでしたか?

杜甫々: もちろん人から反応があるのはありがたいですし、たまに記事がバズったりすると「たくさんの人が見てくれているな」と素直に嬉しくなります。ただ、周囲の評価に振り回されるような感覚はあまりなかったですね。

昔、一度大きく炎上したことはありましたが(笑)。

——どのような経緯で炎上したんですか?

杜甫々:HTML 4.0という規格が発表された時期のことです。Web標準化団体であるW3Cが、「これからはこういう方向性でHTMLを進めていく」という仕様を出しました。そしたら、その方向性を急に無理に押し付けようとする人たちが現れ始めたんですよ。それに対し、私がサイト上で「この方向性にすぐに同調するかどうかは個人の自由だし、今の現場の利用実体とはかけ離れている」という趣旨の苦言を書いたんですね。

そしたらネット上で、「W3Cの仕様も理解していないのか」と、大批判を浴びて叩かれました。当時は、BBS(掲示板)などでもかなり言われていましたね。

そのときは反論や言い返しをすると余計に炎上して泥沼化するので、何も言わずにただ静かに耐えるしかありませんでした(笑)。

でも、また何年か経ってHTML5の規格が登場したとき、W3Cが方向転換をして、かつて私が「こうあるべきだ」と主張していた方向性の仕様に変わったんです。そのときは、「ほら見ろ、自分は間違っていなかったんだな」と思いましたね。

——若手エンジニアの中には、そういった炎上や批判を恐れ、発信をためらう人も少なくありません。発信のコツやメンタリティについて、アドバイスはありますか?

杜甫々:ネット上で叩かれたり炎上したりする最大の要因は、他人の意見や人そのものを否定・攻撃することなんです。

私が炎上したときも、「W3Cの言うことが絶対正しく、守らないやつは悪だ」と攻撃してくる人たちに対して、私が「そういう極端な考え方はよくない」と批判を返したことが引き金になってしまいました。否定を投げかけると、必ず「否定の否定」が強烈なエネルギーで返ってきます。

だから、発信するときは他人の批判や人への苦言を書くのではなく、自分が確かめた客観的な事実や「こうやったら動いたという知見」だけを淡々と出すことが大切です。事実にもとづく情報発信であれば、せいぜい「ここ間違ってますよ」という指摘を受けるくらいで、大きな炎上に発展することはないでしょう。

人間関係やキャリアでの迷いを救う座右の銘「ま、いっかぁ」

——杜甫々さんは、定年まで同じ会社でエンジニアとして勤め上げられました。社内の人間関係などでストレスを感じることはありませんでしたか?

杜甫々:仕事をしていると、当然どうしても馬が合わない人や、何を言っても反論してくるような人と遭遇することもあります。

そういうとき、私は「嫌いな人を無理やり一回好きになってみる」ようにしていたんです。「この人を好きだ」という前提で、一歩引いた視点から相手を観察してみる。すると、攻撃的な反論をされても「ああ、この人はこういう言い方でしか自分の意見を表現できないんだな」「不器用なんだな」と思えてくる。感情的にぶつかるのではなく、客観的に理解できるようになるんです。これは、後輩にもよく「やってごらん」とアドバイスしていましたね。

さらに言うと、私の人生の座右の銘は「ま、いっかぁ」なんです。仕事で議論がギスギスしたり、思い通りにいかないことがあっても、「ま、いっかぁ」と思って流してしまう。

以前、役職が上がって、マネジメント業務が増えた時期があったんです。そのとき、部下のメンタル管理や予算の調整業務などが増えて、「もっと技術的な仕事ができる会社に転職しようか」と考えました。

でも、転職活動をするのも面倒だし、住み慣れた広島の街が好きだし……。「ま、いっかぁ」と思ってそのままとどまり、今に至ります。

流行には飛びつかない。Google トレンドで見る技術の成熟度

——IT業界では、次々と新しいプログラミング言語やフレームワークが登場し、「早くキャッチアップしなければ」と焦るエンジニアも多くいます。杜甫々さんは新しい技術とどのように向き合ってきましたか?

杜甫々:新しい技術が出たからといって、すぐに飛びつく必要はありません。私の場合、新しい技術が出たときは個人で軽く触って遊ぶ程度にとどめておき、実務に導入するかどうかは2、3年くらい様子を見るようにしています。

具体的には、Google トレンドで検索ボリュームの推移をグラフ化して確認するんです。そこで右肩上がりに検索数が伸びて、技術として一定のポジションを確立したのを確認してから、本格的に採用する。「これが流行るはずだ」という感覚に固執するのではなく、実際に市場で流行ったものを採用するほうが、開発も運用も楽なんですよ。

たとえば生まれたばかりのフレームワークは、バージョン1から2になるタイミングで仕様がガラッと変わったり、数年後には廃れて開発自体がストップしてしまったりすることもあります。まだ流行るかどうかもわからない段階で採用して、あとからそのようなことになってしまえば、自分やチームの首を絞めることになりますからね。

——若手エンジニアの中には、「仕事で必要な技術が好きになれない」「自分はエンジニアに向いていないのでは」と悩む人もいます。そうした人たちにはどんな言葉をかけますか?

杜甫々:「嫌い」「向いていない」と最初から決めつけてしまうのは、すごくもったいないなと思います。

仕事や技術に対しても、一度自分を騙して好きになってみることをおすすめしたいですね。一度ワッと手を動かして深掘りしてみると、「あ、プログラミングってこんなにおもしろいんだ」と本質的な楽しさが見えてくることがあります。

「時間がない」と言う人は多いですが、1日の時間を振り返ってみると、無意識のうちにスマートフォンでゲームをしたり、記憶に残らない動画をボーッと見たりしている時間が案外多いものです。その時間を少し削って、楽しみながら自分の好きな技術に触れる。知識を身につけることを「苦しい勉強」とするのではなく、趣味の一つにできるとよいのではないでしょうか。

私自身、金曜日の15時以降は部門の業務をストップさせて、メンバーたちが好きな技術の調査や実験をする時間を設けていたことがありました。興味のある分野や新しい技術の習得ができて、楽しかったですね。仕事では納期も決まっていますし、使える技術も限られていますが、そういった取り組みでできることには制限もないですから。

アセンブラ時代よりも100倍すごいものをつくれる時代が来た

——最後に、AI時代の到来によって「エンジニアの仕事がなくなるのではないか」と将来に不安を抱いている若手エンジニアに向けて、杜甫々さんからのメッセージをお願いします。

杜甫々:昔のエンジニアはアセンブラ言語で苦労してプログラムを組んでいましたし、つくれるものの規模にも限界がありました。それがC言語やPythonといった高級言語が登場したことで、アセンブラ時代の何倍もすごいシステムがつくれるようになった。そして今、私たちはAIの登場によって、自然言語でプログラミングができる時代に突入しています。これは高級言語の時代よりも、100倍すごいものを生み出せる環境が整ったということではないでしょうか。

人類の歴史を振り返っても、大昔はみんな狩猟や農業をしていて、電話なんて想像すらできませんでした。でも、やがて電話ができると、電話交換手という職業が生まれました。さらに、その電話交換手をしていた人たちは、現代のGoogle Mapやそれを開発するITエンジニアという職業なんて、想像もしていなかったはずです。それと同じで、AIという強力なツールを手に入れた私たちは、今までの常識では考えられなかった新しいサービスや価値が生み出せるようになりました。

仕事の内容ややり方は時代とともに変わっていきますが、技術を使って社会にすごいものを提供していく仕事がなくなることはありません。ツールに使われるのではなく、AIをうまく使いこなしながら新しい時代をつくっていってほしいですね。

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