「宇宙産業を日本の基幹産業へ」というビジョンを掲げる、日本発の衛星データプラットフォームTellus(テルース)。

国による宇宙戦略基金の設立など、宇宙ビジネスが新たなフェーズを迎えた2026年。ITエンジニアはこの未知なる領域でいかなる価値を発揮できるのでしょうか。

今回は、株式会社Tellus技術開発部 部長の養王田 一尚さんにお話をうかがいました。今このフロンティアに飛び込む意義や、AIがもたらした劇的な変化、そして現場で求められる真の能力について、リアルな視点から語っていただきます。

養王田 一尚 プロフィール

株式会社Tellus 技術開発部 部長。大学では宇宙工学を専攻し、超小型衛星の活用とデブリ除去に関する研究を行う。宇宙がコンテンツとなる時代が来た時に手を動かせるよう卒業後はIT業界へ転身。フロントエンド、UXデザイン、業務プロセス改善の経験を経て、現在は宇宙業界に出戻り、TellusにてWebGISやサービスの設計開発に従事している。

ハンダ付けもコードも同じ。極限環境で磨くエンジニアの胆力

——宇宙ビジネスが社会に広がりつつある今、あえて宇宙という厳しい環境をキャリアの舞台に選ぶメリットを教えてください。

養王田さん(以下、養王田):10年以上前、私が学生だった頃は、宇宙をやりたくても携われる人は非常に少ない領域でした。特定の研究室に所属しているような限られた人にしかチャンスがなく、いわば閉ざされた世界だったんです。

しかし、ここ10年で状況は一変しました。データをオープンにしよう、ビジネスとして展開しようという動きが強まり、今では「宇宙戦略基金」のような国の支援も本格化しています。過去最高に門戸が広がり、エンジニアにとっての敷居が下がっている状態です。

以前から興味はあったけれど踏み出せなかった方にとって、今こそが最高の合流タイミングだと思います。

宇宙業界は華やかなロマンがあると思われがちですが、ハードウェアにおいては基板のハンダ1つをいかに丁寧にやれるかという泥臭い積み重ねがモノを言う世界です。ソフトウェアにおいてもそうしたシビアさはやはり要求されます。そこで戦い抜く胆力ややり切る力を鍛えれば、他のどの業界でも通用する無敵のスキルになるはずです。

——かつては最先端の研究対象だった衛星データが、今では私たちの生活の当たり前の風景に溶け込んでいると感じます。その具体的な事例を教えてください。

養王田:一番身近な事例は、やはりGoogle マップですね。今や誰もが衛星データを使っているという意識すらなく利用しています。

若い世代にとっては、生まれた時からそこにある当たり前のインフラかもしれませんが、かつてはパソコンの画面上で衛星画像を動かしたり、自由自在にズームしたりできること自体が、世界最先端の研究領域だった時代があるんです。

そういった研究の努力が実って、子供でも使いこなせるようになりました。衛星データという特殊な存在を、誰にとっても当たり前の価値に変えた。これこそが、衛星データ活用の最も成功した姿だと言えますね。

——ITエンジニアのスキルは、Tellusのような衛星データプラットフォーム開発のどの部分に活かせますか?

養王田:私たちの本質的な仕事は、インターネットを通じて価値あるデータや体験を届けることです。扱う素材が衛星データであっても、やるべきことは変わりません。

膨大なデータを遅延なく配信し、ユーザーが迷わず操作できるインターフェースを構築する。つまり、一級品のWebサービスをつくりきる力こそが、今の宇宙プラットフォームには最も求められています。

これまでSaaSやWebアプリケーション開発で培ってきた設計思想や、ユーザーに向き合ってきた経験は、そのままこのフロンティアを切り拓く武器になります。

意外かもしれませんが、弊社のエンジニアチームで最初から宇宙に詳しかったのは私一人くらいです。私たちのミッションはプラットフォームを作ること。扱う対象が何であれ、きちんとしたWebサービスを作れることこそが最優先であり、採用でもそこを最も重視しています。ドメイン知識(宇宙の知識)は後からついてくるものです。

一級品のWebサービスをつくりきる。「衛星データ」という特殊な素材を、誰もが使えるインフラへ

——国内最大級の規模だと思いますが、現在扱っているデータの総量や、その増大のスピードについて教えてください。

養王田:現在、数ペタバイト規模のデータを保有していますが、世界中で生成される膨大なデータ量と比較すれば、まだまだもっと持ちたいというのが本音です。ここを起点に、さらにアーカイブを拡大させていく計画です。

衛星データには「シーン」という特有の単位がありますが、すでに保有数は数百万シーンに達しています。運用中の衛星からは毎日何かしらのデータが届き続けており、プラットフォームは今この瞬間も成長しています。

ただ、衛星データは専門家でなければファイルの中身を見ても理解ができないものも少なくありません。分解能によっては衛星リモートセンシング法に基づく管理が求められたりと扱いもデリケートです。現在はJAXA(宇宙航空研究開発機構)や民間の衛星を保有する企業が適切に加工したデータを私たちが預かり、提供する形をとっています。こうした貴重な、けれどそのままでは扱いづらい素材を、いかにエンジニアをはじめとしたビジネスユーザーが使いやすい形で届けるか。それが私たちのミッションだと考えています。

——衛星データを誰もが使える道具にするために、AIが果たしている役割を教えてください。

養王田:我々が現時点で担う最大の役割は、データを正しく届けることです。届けるだけであれば、むしろなにもしないほうがいいんですよ。加工すると、使いたい人が使いたい形ではなくなってしまう可能性があります。

ただ、なにもしないままでは衛星データを使える人はなかなか増えません。研究者は生のデータを扱えますが、普通のITエンジニアが「衛星データが流行っているから触ってみよう」と思っても、ハードルが高い状態です。説明書のようなものはあるのですが、読んでも理解するのは難しいと思います。

どう難しいのかを具体的にお話しすると、一部の衛星データはバイナリデータで配布されていて、自分でそれを画像に変換しなければなりません。画像を表示するだけでも大変なんです。RGBのレイヤーを持つtiffファイルで配布されていても一般的な8ビットではない場合があります。そのため、Windowsのペイントで開いてもなにも表示されなかったり、真っ暗や真っ白に表示されたりします。画像を表示するだけでもコードを書く必要がありますが、AIの登場によって画像を表示するためのコードが手軽に出力できるようになり、ハードルが下がりました。

今後はそれをAIエージェント化したり、土地の隆起の測定や浸水域の検出などを解析するためのツールとして充実させたりしたいですね。そうした取り組みを増やしていき、利用者の間口を広げていこうと考えています。

必要なのは、バランスを判断できるマインドセット

——AIで衛星データをビジネスに変えるために、エンジニアに求めているバランス感覚とは何ですか?

養王田:これまで衛星データというものは、科学研究として使われてきた歴史があります。研究者は、正しいアルゴリズムで毎回100%同じ結果を出し、その精度をどこまで高められるかを追求してきました。

AIのアプローチはそれとは少し異なるので、研究者のなかにはAIの結果に対して懐疑的な方も少なくありません。

一方で、アプリケーションのようにビジネスとして民間で役立つものは、研究ほどの精度が求められないことも多くあります。ChatGPTが良い例です。正確とは言いがたい部分もありますが、それでも便利ですよね。

精度の高さがそのままビジネスになったり、便利さに直結したりするとは限りません。もちろん精度が低いのは良くないので、バランスを取ることが必要です。そのバランスを判断できるマインドセットが求められます。いわば、100%の精度を求めるサイエンスの世界と、スピードや利便性を重視するビジネスの世界を繋ぐインターフェース(橋渡し役)ですね。この両サイドの考え方を理解し、落としどころを見つけられる人は、これからの宇宙×ITビジネスで最も重宝される存在になるでしょう。

サービスをつくる部分にはWeb開発経験のある方に来てほしいですし、AIに詳しい方にもぜひ来ていただきたいです。

当社のポジション自体がすべての「中間」なんですよね。データを配る人と使う人の中間であり、研究者と民間事業者の中間でもあります。だからこそ、両サイドのことを理解し、興味を持てる方に来ていただきたいですね。

——ITエンジニアが御社に参画する時点で、宇宙の知識は必要ですか?

養王田:ITエンジニアに関しては、入社時点で宇宙の知識は必要ありません。当社のエンジニアチームで出自が宇宙系なのは、私だけです。他のメンバーは、宇宙の専門家ではありません。仕事を通じて覚えた方がほとんどです。

Google マップのように衛星データが日常に溶け込む未来

——衛星データを誰もが使えるインフラへと変えていくプロセスで、最もやりがいを感じる瞬間を教えてください。

養王田:日本の宇宙開発は、長らく世界のトップグループとともに研鑽を続けてきました。しかし、先行するアメリカと比較すると、そこには常に足りないピースがあるのが現状です。

例えばデータの開放性です。アメリカでは衛星データが早くからオープン化され、誰でも触れられる土壌がありました。日本でオープン化を加速させる役割がTellusに期待される役割だと自覚はしていますが、皆さんの期待値にはまだまだ届いていないことも感じております。

それでも、山積する課題の中でこれを実現すれば、日本も世界と対等に戦えるという確かな道筋が見えたとき、プラットフォーマーとしての貢献を実感します。足りないものがあるからこそ、私たちが一つひとつピースを埋めていくことに、大きな意義があると考えています。

また最近では、アジア諸国からも強い期待を感じています。各国にはデータは活用したいが、国外には出したくないという安全保障面での要求があります。そうした状況に対し、単にデータを渡すのではなく、Tellusのプラットフォームの仕組みそのものを現地に提供するといった、新しい展開の形があるはずです。

これまで私たちが日本で、膨大なデータをいかに配り、活用するかを試行錯誤して培ってきたノウハウ。

それをアジア諸国へパッケージとして展開していくことも、私たちの重要な戦略の一つと考えています。

——5年後、10年後。エンジニアが衛星データを意識すらしないインフラとして使いこなす未来は、どこまで近づいていますか?

養王田:衛星データそのものを、誰もが直接操作するような未来はおそらく来ないでしょう。ですが、衛星データから生まれた何かを、誰もが無意識に享受している状態は必ずやってきます。

例えば、より高精度になった天気予報を受け取るとき、その裏側で衛星データを解析しているのはAIかもしれません。エンドユーザーはそれが宇宙からのデータだとは露ほども思わず、ただ便利だと感じて使っている。そんな風に、衛星データが技術の裏側に溶け込み、誰も意識しなくなった状態こそが、私たちの目指す理想のインフラの姿ですね。

複雑さを簡単に変える挑戦。次世代を担うエンジニアたちへ

——専門知識が必須だった衛星データも、AIツールの登場で一気に身近になりました。学生がまず最初に体験すべき、宇宙データの動かし方の第一歩を教えてください。

養王田:今年(2026年)1月、JAXAが「JAXA Earth API for Python」のアップデートでMCP(ModelContext Protocol)のサンプルコードを公開しました。これにより、Claudeなどの生成AIを通じてJAXAのデータを直感的に取得できるようになり、衛星データに触れるハードルは劇的に下がっています。まずは、その手軽さを体感してほしいですね。

衛星データと聞くと、スパイ映画のように特定の人物をリアルタイムで追跡するようなイメージを持つかもしれません。確かにそうしたデータも存在はしますが、民間で扱えるものとは別物です。

世間のイメージと、実際に手に入るデータの間にはまだ大きなギャップがあります。だからこそ、まずは一度自分の手で触れてみてほしい。そのギャップを肌で感じることで初めて、「この制約があるからこそ、こんな新しいことができるかも」という、エンジニアらしい創造性を発揮できるはずです。

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——宇宙ビジネスの世界を目指す次世代のエンジニアへ、養王田さんが一番伝えたいメッセージは何ですか?

養王田:宇宙という極限環境を舞台にする以上、あらゆる技術は究極まで研ぎ澄まされていきます。そこでは「なんとなく」は通用しません。コード一行、ハンダ一つに至るまで、細部を突き詰めなければ何も動かない。そのシビアな厳しさこそが、この業界の何よりの魅力だと私は思っています。

衛星データはAIによって身近になりつつありますが、本質的な扱いにくさが消えたわけではありません。

誰でも簡単に使える未来を創るためには、誰かが泥臭くその壁を崩し続けなければならない。私たちは、その役割を一部でも引き受けることが私たちの価値だと考えています。

複雑なものを、シンプルに変えていく。これはこの作業自体がエンジニアにとって普遍的かつ挑戦しがいのあるフロンティアではないでしょうか

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