一般社団法人 日本CTO協会(以下、日本CTO協会)は、毎年ITエンジニアが選ぶ開発者体験が優れた企業を選出する「Developer eXperience AWARD」を公表している。その中でも例年高い順位にあり、開発組織としてのブランディングに成功している企業がある。そのような企業では、具体的にどのような組織づくり、カルチャー醸成を志向しているのだろうか。今回は、7月16日・17日に開催された「Developer eXperience Day 2024」でのトークセッション『メルカリ・LINEヤフー・ゆめみが明かす、開発文化と組織づくりの裏側』をレポートする。

(画像左から)
木村俊也氏
株式会社メルカリ 執行役員 CTO Marketplace
西 磨翁氏
LINEヤフー株式会社 技術支援本部 本部長
大城信孝氏
株式会社ゆめみ CTO/シニアアーキテクト
モデレーター:今村雅幸理事
一般社団法人 日本CTO協会
株式会社BuySell Technologies 取締役 CTO
目次
各社の情報発信文化の作り方

まず、16日に発表された「Developer eXperience AWARD 2024」の順位と昨年度を比較しよう。メルカリは2022年〜2024年度の3年連続で1位を獲得。LINEヤフーは同3位で、経営統合前の2023年度はLINEが3位、ヤフーが4位であった。そしてゆめみは同4位、2023年度6位と、開発組織としてのブランドが確立された企業が上位を占める傾向にある。
ITエンジニアや開発組織では「横のつながり」を意識することだろう。実際に働く、あるいは働いていたITエンジニアから評判は伝播する。悪い評判であればなおさらその速度は高い。一方で、開発組織の文化を醸成し対外的に情報発信を行うブランディングも、ITエンジニアを惹きつける施策には必要となる。では、なぜ今回登壇した企業は例年高い評価を得られているのだろうか。
今回の講演では、今村理事のモデレートにより、まずは各社の登壇者による会社紹介が行われた。その後、最初のアジェンダとして「各社の情報発信文化の作り方」から、各社の取り組みが紹介された。

メルカリはエンジニアリング組織に限らず、自社事業の情報発信への注力には特筆すべきものがある。たとえばメルカリのオウンドメディア「mercan」は非エンジニアでも高い認知度を誇る。対外的な情報発信への意識は社歴の初期から根付く強いカルチャーであり、エンジニアリング組織の情報発信についても長年の蓄積から形づくられたものともいえる。同社ではエンジニア向けのYouTubeチャンネル「Mercari Gears」や ポータルサイト「mercari engineering」を中心に、イベントやスポンサードなど、多面的な情報発信をしているのが特徴だ。一方で、他社に先んじてカルチャー醸成に成功したメルカリでも、近年課題が生まれていたという。
「皆さんもご存知の通り、技術的な発信はあらゆる意味でのコストがかかりますし、中には発信していくネタがない場合も容易に考えられます。そのため、この1年で注力したのが『私たちがなぜ技術的な発信をするのか』、『なぜ意図的に私たちの知見を対外的に共有するのか』に今一度立ち返り、整理を進めることでした。
カルチャーの醸成が重要なのは当たり前に語られていますが、メルカリでは文化をつくるには言語化が最も重要であると改めて考えることにしました。私たちがどういう方向に向かっているのかを言語化し、文章にして残すことに注力していました」(木村氏)

LINEヤフーの場合は、テックブログでの発信も盛んであるが、同時にエンジニア同士が交流し学び合う勉強会コミュニティを構築している。勉強会で学んだことをメディアで発信しつつ、また登壇などを通じてアウトプットを行うサイクルをつくっているという。
「LINEヤフーが勉強会コミュニティの活動で工夫している点をお話しします。エンジニア同士が交流しながら知識を深めるほか、スタッフとして情報発信をしていくことも推奨しています。また、今回お伝えしたいのが、この勉強会コミュニティは日本国内にとどまらない点です。たとえば、毎年6月に開催されるApple主催のWWDCには、例年数百名規模の日本のエンジニアが足を運びます。
そこで海外のエンジニアと出会ってコミュニティを構築するというのもありますが、私たちの場合はカンファレンスが始まる前日に移動して、交流イベントを企画しています。そこにはエッジの効いた方々が集まっているので、日本に戻ってきて勉強会を開催すると、そこで出会った方々からもフィードバックがもらえるんです。このように、国内に限らず出張先やカンファレンス先でもコミュニティをつくっていくのは、私たちとして工夫しているところだと思います」(西氏)

ゆめみの場合は、個人のアウトプットを意識した発信文化をつくっているという。たとえばエンジニア個人の外部プラットフォームを活用した発信を推奨するとともに、アウトプットのガイドラインを策定している。またOJTチャンネルと呼ばれる個人ごとに設けられたSlackチャンネルでは、社内に向けた気軽なアウトプットができ、メンバー同士の交流の場となるような社内整備も行われている。
また、ゆめみでは社内外合わせると平均で月100回、多い月では200回ほど勉強を開催しているという。社内ではオンラインで気軽な勉強会が開ける仕組みがあり、社外に対してはYUMEMI.growと名付けた発表の場を設けている。高頻度の登壇や交流機会の提供を通じて、エンジニア一人ひとりが積極的にアウトプットしていく文化をつくっているという。
「高頻度な勉強会開催については、ゆめみならではの働き方がベースになっていると思いますが、私たちはフルリモート・フルフレックスを採用しています。基本的に働く場所も時間も調整可能となっているので、勉強会も業務が終わった夜だけの開催ではなく、日中の業務時間中に開催可能です。そのため、一日で多いときで10回ほど勉強会が開催され、週平均で20から30の勉強会が開催されています。しかもエンジニアに限らず、デザイナーやPMなどが主催する勉強会もあるので、トータルでみると月に平均100回は勉強会が開催されています」(大城氏)
開発者体験をよくするための取り組み

次の議題では、情報発信から自社としての「開発者体験をよくするための取り組み」が話し合われた。
メルカリの場合、開発者体験を向上させる基本的な取り組みを行いつつ、近年では「開発者体験を本質的にどのように改善していくのか」について、地に足をつけて考え直したという。

「たとえば、1年から3年ほどで開発組織の計画を立て、エンジニアリング・ロードマップを策定している会社は多いと思います。メルカリグループの場合はマーケットプレイスだけでなく、メルペイやメルコインあるいは新規事業や国際展開など、さまざまなサービスが増えてきています。そうなると、技術選定やビジネスにアラインする難易度が年々上がっていますが、これを無視していると複雑性が増していき、開発者体験はどんどん落ちていくことになります。
このような現状を鑑みると、ある程度今後の予見を立てて準備をしなければ、開発者体験を維持できないと実感したのがこの1、2年でした。それもあって、開発組織としてのビジョンを明確化して、サービスとして3年後に実現したいことをエンジニア側とビジネス側で方向性をアラインする取り組みを強化していきました」(木村氏)
LINEヤフーでは、エンジニアがいきいきと働くための取り組みとして「開発者を支援する組織」「はたらく環境」「ハッカソン」の3つの施策を紹介した。

「最初の『開発者を支援する組織』については、いわゆるDevRel組織のことを指します。エンジニアは普段コードを書くことに集中しつつも、イベントに参加したり協賛したいという思いがあります。そうしたときは会社のルールに基づいた活動をしていくことが求められますが、予算やコミュニケーションの負担が増えるとだんだんモチベーションが下がってしまいます。私たちの場合、経営統合前のLINEでもヤフーでも伝統的にDevRel組織があり、エンジニアにはあくまでコードに集中してもらうために、その負担を肩代わりするような仕組みが整っています。
また、2つ目の『はたらく環境』についても、チームで働くエリアや個人で働くエリアというふうにオフィスを設計しています。また、定期的にリフレッシュすることも大事な仕事の一つだと考え、たとえばペアで働くエリアの近くには卓球台を設置し、ペア同士でリフレッシュしながら仲も深めてもらうようにしています。3つめの『ハッカソン』は社内では『Hack Day』と呼んでいるイベントで、24時間かけて動くプロトタイプをつくり、デモンストレーションをして出来栄えを評価し合うものです。これはエンジニア同志の中も深めながらものづくりの楽しさを再確認することを目的としています」(西氏)
ゆめみの場合、先述の通りフルリモート・フルフレックスの働き方を基本としている。その上で、リモート環境下でもしっかりとコードレビューができる体制構築などを行っているという。

「リモートワークだからこそやりやすくなったこともあり、たとえばペアプロ・モブプロを出社してやっていたときは、プロジェクターや大きなディスプレイを占有して実施したり、自分のデスクから移動する手間がありました。今では時間の連絡をして、Slackのハドル機能で音声通話と画面共有を使って実施しています。
また、ゆめみの場合はクライアントワークを基本としており、技術的な面では各クライアントの課題解決に合わせて採用するスタイルをとっているので、技術を統一していくことは難しいです。そのため、過去に実績がありそれができるメンバーとの情報共有やレビュー体制を強化することで、開発者体験を維持しています」(大城氏)
取材後記

今回の登壇企業は、事業内容やビジネスモデルは異なるものであり、開発者体験向上への取り組みや組織づくりに向けた施策も各社の特徴が見えた。多くの企業でエンジニア不足が課題となる中で、とくにエンジニア採用にもつながる情報発信には多くの質問が寄せられていた。
たとえば「エンジニア発信における工数管理はしているのか」という質問が寄せられたが、メルカリの場合は「言語化を重視しているため、工数はあまり気にしていない」(木村氏)とする。ゆめみは「『ゆめみの当たり前』という慣習や制度、ルールなどをまとめたものがあり、その中にある自律・自学・自責の考え方を元に工数をつけるか否かを個人で判断してもらっている」(大城氏)と、各社の方針や考え方がさまざまであることが印象的だった。
一方で、登壇企業の中で共通していたのが、組織におけるビジョンや文化、制度に対しての言語化が進んでいることだろう。開発者体験は心理的安全性を確保することが求められるが、開発組織に在籍する一人ひとりのエンジニアが方向性を理解していることが積極的なアウトプットにつながる。その上でアウトプットを支援する仕組みづくりを進めている点が対外的な評判を呼び、開発組織のブランディングにつながっているといえるだろう。
(取材/文:川島大雅)
