2020年の初頭に地球規模で猛威をふるったコロナウイルス。その疫病が残した爪跡ははてしなく重いものでしたが、逆によくなった点もあります。
まず思い浮かぶものが「リモートワーク」ではないでしょうか? ビジネスといえば、実際に会って話をするもの……という、それまでの「あたりまえ」ができなくなりました。
2023年3月にコロナウイルスへの緩和が日本でもいっきに進み、リモートワークを取り入れた企業によっては「実際に顔を合わせる」という従来の働きかたに戻るところも多いかもしれません。
そんななか、株式会社テリムクリを運営する牛尾隆氏は、2015年の時点から7名の社員全員をリモートで雇用しています。なぜ、先駆けてリモートワークを取り入れていたのか、遠隔で雇用することのメリットや大変さなどについて伺ってきました。
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牛尾隆(うしお・たかし)プロフィール
1975年香川県丸亀市出身。「株式会社テリムクリ」の代表取締役。
Web制作、ネット広告・集客支援、Webサイト運用保守、システム開発、サーバホスティングなどを手掛け、プロジェクトの実績も、民間企業、官公庁自治体、医療機関、文教分野などさまざま。
ウェブ解析士マスター、 CMSエバンジェリスト、デザイナー、サーバ・セキュリティの専門家などプロフェッショナル集団による社内一貫体制が強み。
趣味で始めたフットサルはチームがどんどん強くなり全国大会に。NPOも設立して今は自身もプレーをしながらフットサルスクールも運営しています。
コロナの5年前からリモートワークをはじめていた理由
――コロナがきっかけでリモートワークをはじめた企業が多いなか、その5年も前に導入した背景にはなにがあったのでしょうか?
牛尾隆氏(以下「牛尾」):
以前、同業の会社で働いていて通勤をしていたときの体験がきっかけですね。
実は、数分の会議のためだけに出社することが多かったんです。毎朝おこなわれている朝礼的な「全体会議」のために出社。あとはメールでのやりとりやクライアント先への往訪などで、ほぼ会社にいなかったんです。
それなのに通勤時間に往復2時間もかかっていたので、移動時間などがもったいないなと感じていました。それにもかかわらず「オフィスがあること」を前提に会社が回っていたので、非効率さがストレスになっていました。
サラリーマン時代にずっとそんなことを考えていたので、2015年に独立・創業したタイミングで思い切ってリモートワークにしたという流れです。
――リモートワークでのメリットはどのようなものがありますか?
牛尾:
リモートワークの一番のメリットといえば、やはり時間を有効に使えることですね。通勤時間にしばられることはないですし、子どもの授業参観のような学校行事や家族内でのちょっとした行事にも参加しやすいのは大きいと思います。
よく耳にするメリットとしては、場所を選ばずに働けることです。海外旅行を好きな社員がヨーロッパに長期で旅行に行ったこともあります。そのタイミングは弊社の多忙な時期と重なっていましたが、海外からサポートしてもらうことで問題なく回りました。もちろん旅行中なので、お願いする仕事はセーブしていましたが。
彼女が海外にいたことで困ったこともとくになく、やりとりの時間帯に時差があった以外は普段と変わりありませんでした。クライアントも、まさか彼女が海外から対応しているとは夢にも思っていなかったことでしょう(笑)。
仕事が回っていれば、どこで働いてもよいというのは会社側にとっても働く側にとっても大きなメリットですね。
弊社の場合は「離職率が非常に低いこと」もリモートワークのおかげだと感じています。自分の仕事時間を自分で管理でき、ワークライフバランスを築きやすいことが働き続けられる要因になっているはずです。
――なにかワークライフバランスの例があれば教えてください。
牛尾:
たとえば、少し前に出産した社員がいます。彼女の場合は「妊娠中もできるだけ働きたい」という希望だったので、体調を見ながら自分のペースで働いてもらいました。
「安定期」に入る前でも、リモートなので「移動によるリスク」もないですし、通院も自分の好きなタイミングでできてよかったそうです。現在は無事に出産し、幼稚園に通わせながら出産前と同じようにリモートで働いてくれています。
社員が出産するパターンは弊社としては初めてでしたが、育児手当も整備でき、ほかの社員も安心して働けるためのよい前例ができました。出産という大きなライフイベントに関してもリモートワークはメリットだと感じましたね。
――逆に、リモートワークでのデメリットはありますか?
牛尾:
仕事とそれ以外の垣根がほとんどないことはデメリットと言えるかもしれませんね。自由なぶん、自分を律する力がないと非効率になってしまいます。
まず、出社する必要がないので起きる時間が遅くなってしまいがちです。午前の時間をダラダラと過ごしてしまうと仕事のスピードが落ちてしまいます。そして、どんな服装でいても問題ないのですが、身だしなみを整えないとだらけてしまうことにも気づきました。
夜は夜で、自宅だと遅くまで仕事をしすぎたり、食事時間が不規則になると体調に影響が出ることもあります。
子どもやペット、趣味など、誘惑が多いのもリモートのデメリットです。とにかく誘惑に負けないようにする力が求められますね。
永遠の課題は「社員同士のコミュニケーション」
――リモートワークならではのトラブルや課題はありますか?
牛尾:
「リモートワークならでは」の大きなトラブルはとくにないです。「Web制作」という業務内容もリモートと相性がよいこともあると思いますが。
ただし「コミュニケーションロス」は永遠の課題ですね。これはよく言われることですが、仕事以外でのやりとりがなくなることで雑談が少なくなったり、仕事が「単なる作業分担」になりがちで、「プロジェクトをチームで達成した!」みたいな雰囲気を作りにくいです。
――リモートで働く社員とのコミュニケーションはどのようにされていますか?
牛尾:
やはり「ミーティング」しかないですね。弊社の場合は、週に一度の「リモートでのミーティング」と、月に一度の「対面でのミーティング」を行っています。
「リモートでのミーティング」とは言っていますが、実際には意図的に「雑談中心のミーティング」にしています。雑談はコミュニケーションの潤滑油と言われますが、まさにそのとおりだと常々思っているので。
――どのような会話になることが多いですか?
牛尾:
小さい子どものいる社員が多いので、子育てや遊びに行くスポットのことが話題になることが多いです。コロナ禍は、本人や家族の体調の話が多かったのですが。
月に一度のリアルで顔を合わせてのミーティングのほうは、コロナ禍で控えてましたが再開する予定です。月に一度の顔合わせなので、すこし豪華な食事会も兼ねていて楽しかったですし!
僕は「リモートだけで十分!」だとはぜんぜん思っていなくて、顔色など「会わないとわからない雰囲気」も大事だと感じています。
オンラインでのミーティングだと話題が一つになりがちで、個々での会話が生まれないという弱点もあります。リアルで会っていると、あちらとこちらで違う話題で盛り上がるということもよくありますが、それがオンラインだとできないんですよね。
――社員のモチベーションを維持するために、なにか取り組みをされていますか?
牛尾:
「成果が上がった」といったフィードバックを積極的に共有するようにしています。弊社の場合、僕がクライアントと直接話すことが多いので、制作をお願いしているスタッフにクライアントからのお声が届きにくいんです。
たとえばWebサイトをクライアントに納品して数か月後に「成果が上がったよ! ありがとう」のようなお声をいただくことが多いのですが、僕だけが喜んで終わりだなんてもったいないですよね。
そういうお声をいただいたときは、必ずスタッフに伝えるようにして、モチベーションを上げるようにしています。感謝されることが一番のモチベーションですから。
――リモートワークでストレスを感じることは?
牛尾:
「場所に制限がない」というメリットの裏返しになりますが、仕事に没頭していると家にこもりがちになって、それが多すぎるとストレスになりますね。運動不足になるのもストレスですし。
個人差はあるかもしれませんが、基本的に人間は「他の人や社会と繋がっていたい」と思う生き物です。町の空気を感じたり、人との会話で刺激をもらったりといったことがないと閉塞感や孤独感を感じる人も多いのではないでしょうか?
その対策として、気軽にできるランニングや散歩はオススメです。個人的にはHTTI(タバタ式トレーニング)もよいと思います。
ちなみに僕の場合は、フットサルやサッカーを続けているので、練習や試合でけっこう外に出ています。必要な運動量も十分すぎるほど満たしているはずです(笑)。最近では子どももサッカーを始めたことでコーチとして関わるようになり、家にこもりすぎることもなくなりましたね。
――リモートワークでの業務効率化のために、どのようなツールを使っていますか?
牛尾:
kitone、backlog、Slack、Zoom、Dropbox、Google Meetのように、他社さんでも使用されているであろう認知度の高いツールを比較的使用しています。
特殊なことはしていないからこそ、安定した組織運営ができているのかもしれません。
リモートワークでの社員の管理は?
――「リモートだと社員がサボるのでは?」という意見もありますが、労働時間の管理はどうされていますか?
牛尾:
プロジェクト管理ツール「backlog」を使ってタスクの期限を管理したりはしていますが、最低限にとどめています。
基本的には「人間の本性は基本的に善である」という性善説を信じていますね。「管理する仕事」を増やしてしまうと、そちらに人件費が取られてしまうため、本末転倒だと思っていますから。
信じられない社員を雇うのは健全ではないので、本当に信じられる人を雇うのもコツと言えるかもしれません。お互いのミスマッチがないようにお試し期間(試用期間)を設けるのもよいですね。
弊社の社員の場合は、ほとんどがもともとの知り合いなので、そういう意味では安心して信じられます。
――逆に働きすぎになる方はいますか?
牛尾:
仕事が集中する時期に、働きすぎてしまう社員はいます。社内でのやりとりやミーティングなどをとおして気づくので、そういうときは声をかけてフォローするようにしています。個別に面談して一緒にタスクを整理したり、仕事以外の部分への影響や、体調についてざっくばらんに話す感じです。
コロナ禍がきっかけで「クラウドソーシング(仕事を依頼したい企業と仕事を受けたい個人とをオンライン上でマッチングするサービス)」もより使いやすくなったので、ちょっとした仕事は外部の方にお願いすることも増えました。
そのため、一個人に仕事が集中したり、仕事を抱えすぎることは減ったと思います。
――リモートワークを導入する際に、会社側に必要なスキルや資質はありますか?
牛尾:
資質として、会社側の人間がWeb、IT、テクノロジーなどの分野を好きで、楽しいと感じられるかは大切だと思います。弊社の場合、社員がネットに詳しい人間ばかりだったので、リモートワークを導入しやすかったです。
さきほども話に出ましたが、管理側が社員の「性善説」を信じられない場合、どうしても社員を監視したり、しばりつけるような方向に行くと思うんです。もしそうなってしまうと、管理側も社員側もどちらも苦しいと思います。
そうなるぐらいなら、リモートワークを導入するメリットがなくなるのでやらないほうがよいかもしれません。
――今後、リモートワークを積極的に導入したいと思っている企業にアドバイスをお願いします。
牛尾:
弊社はフルリモートですが、弊社のように極端に「リモートだけ」に振り切るのをオススメするつもりはないです。でも、リモートも取り入れた「ハイブリッド」な働き方はどの業種でもやってみる価値があると思うので、積極的に導入してほしいなと思います。
業種や体制に合わせて柔軟に働ける場を提供することで、よい人材が集まり、会社の成長につながると考えていますから。
そういえばコロナ前に、経営者が集まる会合でリモートワークの話をしたらこんなふうに言われました。
「そんなのは会社ではない」と。
それが、新型コロナウイルスの影響で半ば強制的にリモートワークが一般化しました。今では多くの業務がリモートで可能だと多くの方が気づいていますし、逆にオフラインのコミュニケーションの重要性も再確認されました。
常識とは変わっていくものですよね。現在では、昔はタブーだった「副業」も一般化してきました。組織をまたいでさまざまな人が関わって、一つのプロジェクトを進める時代は今後も加速するでしょう。
そういう「社会の変化」を肯定的にとらえ、よい部分を取り入れていく姿勢を持ち続けたいと思っています。
(取材/文/撮影:ヨス)