神奈川を中心に展開し、地域密着系の書店として名を馳せている有隣堂。創業110年以上の老舗書店が運営するYouTubeチャンネルを知っているだろうか。その名も、「有隣堂しか知らない世界」。

 “有隣堂しか知らないさまざまな世界を、社員が愛をこめて説明する”をコンセプトに掲げ、2020年6月にスタートし、2024年1月現在のチャンネル登録者数は27万人まで成長した。企業チャンネルとしてはかなり多くのファンを抱えているが、その人気の要因には“あまりにも企業らしくない独自性”があげられる。

書籍や書店というテーマに限らず社員を中心としたさまざまなマニアや関係者をゲストに招き、“偏愛”しているものについて熱くプレゼンしてもらう一方で、MCの「R.B.ブッコロー」がやや冷めた視点で容赦なく突っ込んでいく温度差のあるかけ合いが視聴者から人気を博している。

なぜ歴史ある企業にも拘わらず、ここまで自由なコンテンツを生み出せたのだろうか。今回は、チャンネル立ち上げメンバーである経営企画本部広報・マーケティング部の渡邉郁(わたなべいく)氏、番組プロデューサーのハヤシユタカ氏、R.B.ブッコローの3人に背景を語ってもらい、「有隣堂しか知らない世界」が魅力的なコンテンツに成長した理由をひも解いていく。

ゲストの愛を引き出し、付加価値を端的に伝える飽きない動画


──本日は撮影のようすを見学させてもらい、ありがとうございました! 

ハヤシユタカ(以下ハヤシ):いやあ、今日はちょっと大変でしたね(笑)。「製図用シャープペンシル」を紹介する回だったのですが、ていねいに解説をしないと商品の魅力が伝わりにくいアイテムだったんです。

──撮影前の打ち合わせでは、かなりシビアに企画を詰めていましたね。

ハヤシ:製図用シャープペンシルは、ほかの文房具に比べて見た目の違いがわかりにくいので、どんなふうに見せたら機能性の違いが伝わるかどうかに苦戦していました。

──動画づくりにおいて、機能性や商品の魅力を伝えることは重要なのでしょうか。

ハヤシ:機能性というよりは、“どう見せたら一番付加価値がつくか”ということをいつも考えて撮影しています。パッと見でおもしろさが伝わる文房具もあるのですが、アウトプットがしっかりしていないと価値が伝わらないものもあります。でも、1から10まですべて説明してしまうと尺がとんでもないことになってしまうので、短く分かりやすく伝えることが大切ですね。

──なるほど。では、どのような流れで撮影に臨むのでしょうか。

渡邉郁(以下渡邉):事前にオンラインで打ち合わせを行い、そこで動画で何を伝えたいのかを詰めていきます。そして当日30分ほど台本の読み合わせをして、撮影を行っています。

──今回のゲストは、有隣堂の店売事業本部店舗運営部で文房具バイヤーを務める間仁田亮治さん。撮影に入る直前に「好きだよって気持ちを出して!」と、みなさんから声をかけられて送り出される姿が印象的でした。

ハヤシ:そんなこと言ってましたっけ……?

渡邉:言ってましたよ(笑)。チャンネルのコンセプトが“有隣堂しか知らないさまざまな世界を、社員が愛をこめてを説明する”というものなので、愛をこめる、好きな気持ちを爆発させる、というのはすごく大事な要素になります。カメラの前では、素直に好きな気持ちを語っていただきたいんです。

ハヤシ:とくに書店員さんって奥手な方が多いので、いつもの書店員さんではない姿を出してほしいなという気持ちはありますね。

視聴者を代弁!?名物MCR.B.ブッコロー」の素直すぎるコメント

──奥手な書店員さんの本来の姿を引き出す。これは、MCのR.B.ブッコローさんの手腕が光るところですね。

R.B.ブッコロー(以下ブッコロー):正直MCからすると、“好きすぎて暴走してる人”が一番楽なんですよね。一見変人のようにも見えますが、どんな人も好きすぎて他人から「頭おかしいんじゃないの?」って言われるジャンルは持ってるはずなんです。

ハヤシ:“学研の松原さん”という男が、まさにそうだね。


──学研の松原さん……?いったいどのような方なんでしょうか。

ハヤシ:あまりにも熱量が高すぎてですね、最初は自社の恐竜図鑑を紹介しに来てくれたんですが、そのあと持ち込み企画でドラゴンの本を紹介しに来たんですよ。もう他社の本だろうと関係なくどんどん語ってくれて……(笑)。まさに偏愛ですね。

──ゲストの方が企画を持ち込むこともあるんですね。

ハヤシ:松原さんは、「ここでしか話せないんですよ!」って言ってました。

渡邉:このチャンネルはそういう場になってますね(笑)。

──偏愛を持つゲストからしたら、貴重な場なのかもしれませんね。

ブッコロー:そのくらいの熱量で突っ走られると、「変だよ」と思いつつ、こちらとしてはどこか気持ちよかったりするんです。好きなことを話している姿にどこか自分を重ねられるし、視聴者の方は、その話を聞いてる僕にも共感してくれると思うんです。

──ブッコローさんは、視聴者側の立ち位置として動画に写っているんですね。

ブッコロー:そうですね。だから僕としては、出演者の熱量が高いほど「なんでそんなに好きなんだよ」「どんだけ好きなんだよ」と言っているだけでチャンネルのコンセプトが成立するので、ありがたいです(笑)。

ブッコロー:1回知ってしまった情報に対して同じリアクションはできないので、最近では、あえて打ち合わせに参加しないようにしています。番組のコンセプト的にも、ファーストインプレッションはかなり大事にしています。

ハヤシ:カメラを回して初めて、お互いに同じテーマでトークする、という環境を意識的につくっています。ここ1年くらいで、ブッコローとゲストで打ち合わせも完全に分け始めました。

ブッコロー:僕の悪い癖なんですけど、打ち合わせ中に一番おもしろいことを言っちゃったりするんですよね(笑)。だから、ゲストの方に対して「その洋服どこのかな」とか「この人のこれ聞きたいな」とか思っても、極力喋らないようにしています。

ハヤシ:この、打ち合わせでなんでもかんでも喋るんですよ。それですごく盛り上がるじゃないですか。でも、打ち合わせで出たことは本番では使えない、みたいなことが頻発したんですよね……。

ブッコロー:逆に言うと、いいとこついてるんですよ。我ながら着眼点が恐ろしいですね!

(一同爆笑)

渡邉:基本的にブッコローさんはサービス精神が旺盛で、盛り上げようとしてくれるんです。ゲストの方も緊張しているので、そういった部分ではすごく助かっています。

YouTubeを見る人は本なんか読まない」を大前提に考える

──有隣堂は2024年で創業115年という老舗書店ですが、そもそもなぜYouTubeチャンネルの立ち上げに踏み切ったのでしょうか?

渡邉:実は、社長からの働きかけがきっかけなんです。有隣堂に新たなコンテンツが必要だと感じていたのではないかと思うのですが、当時動画のプラットフォームとして一番大きかったのがYouTubeだったので、「やるならYouTubeだよね」という流れで動き出しました。

ハヤシ:チャンネルを開設した2020年は、YouTubeの成長期でかなり勢いがありました。それに加えて、独自コンテンツで成功している企業がほぼなかったんです。YouTubeの勢いはありましたが、企業チャンネルはまだまだブルーオーシャンだったんですよ。それで社長に「動画メディアはいかがですか」と声をかけたら、即決したという感じです。

──いまでこそYouTubeは世間に浸透していますが、当時の社内的に抵抗感のようなものはなかったのでしょうか?

渡邉:社内の反応で言うと、「また何か始めたな」ぐらいの感じだったと思います。まさかこんな大きなことになるとも誰も思っていなかったし、本当に興味がないというか、関心がそんなになかったですね。

──それがいまや、登録者数27万人越えのチャンネルになったのはすごいですよね。ハヤシさんは、有隣堂のどういった部分にYouTubeとの親和性を感じていたのでしょうか?

ハヤシ:まず、書店が多くの人に愛されてる業種だというところですね。しかも有隣堂は、地元の人に愛されている地方書店です。全国展開している企業とはまた違う、親しみやすさのようないい意味での認知度が非常にあるので、YouTubeに合っているなと感じました。

あとは老舗書店がYouTubeを始めるという、ギャップが生み出しやすかったのもよかったですね。老舗書店とYouTubeって真逆なイメージがありませんか?

──たしかに、対極に位置するような気がしますね。

渡邉:ハヤシさんは、常々私たちに「YouTube見る人は本なんか読まないですよ」と言ってくれるんです。私たちは本を読む人が周りにいる環境だから、本読まない人って何考えてるかよくわかんないみたいな感覚があって、私たちがおもしろいと思った企画もハヤシさんには全然響かない、みたいなことがよくありました(笑)。

──なるほど。書店とYouTubeのターゲット層や発信側の感覚の違いが企画で浮き彫りになるのは、おもしろい現象ですね。

渡邉:たとえば、私たちは作家の“●●先生”と聞くと「すごい!」となるんですけど、ハヤシさんに伝えると「視聴者は知らないよ」って言うんです。私たちは「みんなが知らないんだ」ということを知る、という感じですね。

ハヤシ:企画を考えるときは、マスを狙うように常に意識しています。たとえば“知っている人はすごく好きな作家さんかもしれない。でも、とにかく多くの人に動画を見てもらわなきゃ始まらないので、YouTubeの戦略で大事なのは登録者と再生回数だけなんです。知る人ぞ知る有名な作家さんをすごく熱中して見てくれる人が少数いたとしても、登録者数と再生数は稼げないんです。


じゃあ、どうやったら多くの人に見てもらえるかって考えたときに、“作家さんはすごく稼いでいる人である。そういう人たちがどうやって執筆しているのか興味ありませんか?”というふうに切り口を変えました。企画を考えるときは、大衆の人が「おっ?」と興味を持つかどうかをかなり大事にしています。

コンテンツを殺すのは「ゼロリスク主義者」と「あれもこれもおじさん」

──外部クリエイターとしてチャンネルに関わっているハヤシさんが感じていることは何かありますか?

ハヤシ:僕やブッコローがここまで自由に動けるのは、現社長のスタンスがかなり大きいです。というのも、社長はずっと「何かあったら責任はとるけど口は出さない」という姿勢でいてくれるんです。だから僕らはリスクを恐れずに、自分たちの判断でおもしろいと思ったものだけを動画にすることができるんですよ。

──すごくいい関係性ですね。

ハヤシ:YouTubeに限らず、企業がオウンドメディアを立ち上げようと思ったら絶対に起きる問題が2つあるんです。1つは「ゼロリスク主義者」。炎上やリスクを懸念して、「これはやめよう」「あれはやめよう」と発言する人が、社内には必ずいます。もちろんリスクマネジメントは大切ですが、それではおもしろいコンテンツは生まれません。

2つめは「あれもこれもおじさん」です。たとえば、携帯を紹介するとしますよね。「バッテリーの持ちが2倍です!」という価値を押し出したいのに、素材やカメラの話も入れてくれ、そうなるとこの人も出演する必要がある、などなど余計な要素が増えてコンテンツが死んでいくという現象があります。そして8分で収まるはずの動画が30分になる。結果、無駄に長尺になった動画は再生されない。ということになります。とくにYouTubeは時間が長いほど、視聴者に時間を割いてもらうハードルが高くなります。できるだけ尺は短くして、おもしろくて効果的な情報を入れることが大切なんです。

──さきほどの「何かあったら責任はとるけど口は出さない」という社長のスタンスは、どちらの問題も防ぐことができる発言ですね。

ハヤシ:そうなんです。社長の考え方は、このチャンネルの大事な土台になっているんですよね。正直、普通なら考えられないくらい恵まれた環境だと思います。

動画制作が作業になったらダメな理由

──最後に、これからの展望について教えてください。

ハヤシ:いまは僕がプロデュースしていますが、いつかは運営を内製化するべきだと思っています。

──どうしてですか?

ハヤシ:いくつか理由はあるのですが、ひとつは、僕ももう40代を迎えたいい歳なんですよ。いつか僕の考えは絶対に古くなってくるし、こういうクリエイティブ系のコンテンツは若い人がつくるにこしたことはないと思うので、引き継ぎは考えていますね。

──若い世代の考えを取り入れたチャンネルづくりということでしょうか。

ハヤシ:僕と一緒に別の方にやってもらうのもひとつの方法かもしれませんが、立ち上げに成功した人物が多少なりとも関与した時点で、過去の栄光を変えることはできません。いまこのチャンネルは出演者とブッコローが話す、というスタイルになっていますが、たとえば若手の人が「旅番組スタイルがいい!」と思っても、僕がいる限り実現するのは難しいです。そして僕がこのまま同じ動画のつくり方を続けても、いつか頭打ちしてしまう可能性があります。だから僕が完全に姿を消して、若い人に任せるべきだなと感じています。

──それは、ハヤシさんのような外部クリエイターの方ということでしょうか?

ハヤシ:僕は有隣堂の社員の方に譲るのがいいのかな、と思っています。会社に対して思い入れのある人のほうがチャンネルを大切にしてくれると思うし、社内の人間に引き継ぐことで会社にノウハウが蓄積されると思うので。

動画制作って、作業になったらできないんですよ。やりがいや思い入れがないまま動画をつくると、ただの作業になってしまうんです。それもあって社内の人に引き継ぐのがいいのかと思いますし、「あとは好きなようにやっていいよ」と言える環境をつくることが、僕の役目かなと思いますね。

──ハヤシさんがいなくなってしまうのは少し寂しい気もしますが、これから先どうしたらコンテンツを続けていけるのかを考えることも大事ですね。

おわりに

0から1を生み出し、さらに軌道に乗せるのはとても難しいことだ。ただ今回の取材を通して、有隣堂のYouTubeチームはさらにその先を見据えていると知った。コンテンツを続けていくためにはどうしたらいいのか。その意識をチームメンバーがどれだけ持ち続けられるかどうかが、コンテンツの寿命を決めるのではないだろうか。

ただそれと同じくらい、コンテンツをつくっている人たちが楽しめているかどうかも大事なことだ。「有隣堂しか知らない世界」は、“好きという気持ち”を軸にしたチャンネルだ。そのコンセプトは、コンテンツを続けていくことにおいても重要な要素だろう。

「老舗書店がYouTubeチャンネルを立ち上げる」という事例は稀有なものだが、その背景にはコンテンツ制作全体に共通する重要な要素がちりばめられていた。もしチームで何かを生み出そうとしているのであれば、ひとつの参考事例として「有隣堂しか知らない世界」を視聴してみてほしい。

(取材・文:はるまきもえ、撮影:大塚秀美)

 presented by paiza

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