優しさは細部にまで宿る。

これは企業のプロダクトにおいても言えることだろう。

優れたプロダクトには、ユーザーにどう使ってほしいか、ユーザーにどう喜んでもらいたいかという思いが詰まっているものだ。

今回ANA Payについての話を伺って、それをあらためて痛感。

ペイメントサービス群雄割拠の中で最後発とも言えるANA Payの真実を探るため、羽田空港へ足を運んだ。

ANA Payのはじまり

話を伺ったのは、ANA X株式会社 ペイメント事業推進部 事業企画チームリーダーの伊勢浩平氏。

まずは、ANA Payの起点について率直に伺った。

「ANA Pay」そのものは2023年に新しく生まれたものではなく、コード決済型の「ANA Pay(コード払い)」が存在していた。それが2023年の5月にフルリニューアルして今の形となった。

「ANA Payはもともと2020年にANA pay(コード払い)として、日常的な接点を持つということをコンセプトに開始しました。しかしながら、使用できるクレジットカードの種類が限られていたり、ANA Payとしての独自性を出せず苦戦していました。

その後コロナ禍になり、航空事業が大きくダメージを受けました。その渦中で、ノンエア事業(非航空事業)をもっと育てていかないといけないとなりました。

日常からお客様と接点を持つことがより重要となり、課題が明らかだったペイメントサービスを見直そうということになりました」

 

ANAグループの各サービスを複数利用する、所謂「ANA経済圏」という言葉がある。コンセプトとしては、マイルを貯めて生活できる世界を実現するということであり、その中でANA Payのリニューアルは不可欠であったわけだ。

大きな課題としては「チャージの方法が限られていたこと」、そして「使えるお店が限られていたこと」が上げられる。

「以前のANA Pay(コード払い)は 、チャージ方法が限定的で、使えるお店もSmartCode加盟店のみだったので限定的だったのです。これは当然改善しないといけない。要するに普通に使えるようにしなければなりませんでした。それこそ他のペイメントサービスと同等にするのは至上命題でした。

使えるクレジットカード会社を増やし、セブン銀行ATMなどからのチャージにも対応させました。

そして使用可能な店舗として、スーパーやコンビニ、カフェなどiDやVisaタッチが使えるお店に拡大し、まさに日常で使っていただけるようにしました」

ANA Pay利用者をどう増やすか

改善が重ねられた新たなANA Payだが、そうは言ってもペイメントサービスは群雄割拠。そう簡単に主要ペイメントサービスの牙城を崩せるとも思えない。

では、どうするか。

その突破口はマイレージクラブサービスにあった。

「マイレージクラブサービスとの繋がりは独自性として大きく意識しました。

貯まったマイルの活用経路として、特典航空券への交換はやはり大きく、お客様にとっても魅力的なものです。つまり、非日常部への還元です。これは今も変わっていません。

しかし、同時に日常で気軽に使える選択肢がほしいというお客様からの声がありました」

たしかに特典航空券の交換は時折航空機を利用する私でも魅力に感じる。しかし、頻繁に航空機に乗らなかったり、日常でマイルを貯めたりといったことを意識的にしていないと、その実現は難易度が高い。要するに数千マイルは貯まるが、特典航空券と交換するまでは貯まり切らないのだ。

そういったマイルを気軽にANA Payで日常の買い物に還元できるのは、非常にありがたいものだ。

「ANA Payは、ANAマイレージクラブ アプリから使えるようになっています。実際アプリを開くと中心にANA Payが位置しており、メインの機能として提供できるようにしました。普段から飛行機を多く使っていただいている方にお勧めできる状態にしています。

一方で、飛行機の利用が限りなく少ない方や新規の方も、会員になっていただければ、無理なくマイルが貯まるようになりました。日常の買い物でマイルを消費するだけでなく、マイルを貯めることもできるわけですので。

1マイル1円相当から使えるようにしておりますので、わかりやすく使い勝手がよくなったのではないかと思っています。

ANA Payをきっかけにしてマイレージクラブ会員になっていただいて、そこからもっとマイルを貯めたいな、と思えばANAカードに入会もいただけます。さらにマイルを貯めたい、活用したいとなれば、ANA経済圏としてANA Mallや、ANA Pocket(あらゆる移動でマイルが貯まるサービス)など、数多くの選択肢をご提供しています。

総合的に使って生活のあらゆる側面でマイルを貯める。そういう世界観を体験いただくお客様を増やしたいと思っていて、その入り口にANA Payがなればと思っています」

一方で、大量にあるスマートフォンアプリ、ペイメントサービスの中で「ANA Payを使おう」と自然に行動させる必要がある。

アプリが使いにくかったらそうはならないため、ユーザビリティの向上は必要不可欠だった。

「1マイル1円相当で使えるというのは絶対に達成したいことでした。

また、キャッシュとマイル二つのウォレットをどう見せるか。どうスムーズに切り替えるのかはかなり議論しました。

たくさんの選択肢を立案して検証し、最適なUIは何なのかを考えた結果、今の形にたどり着いたという感じですかね」

※そもそも2つのウォレットを横断して使えないのか、という点については後述する

では、初めてANA Payを利用するお客様や、それこそデジタルリテラシーが高くなく使用に懐疑的なお客様へはどう訴求をしていくのだろうか。無理に使わせればよいというものではない。

「今まで接点のない方、つまりANAの飛行機には乗るけれど、マイルを貯めようとしていなかった方に対しては、やはり1マイル1円から使えるところを訴求していきます。

また、ANA Payの会員になっていただいて、日常で使っていただければ、その使用で貯まったマイルを将来的に特典航空券など他の形に換えていけることも周知をしていきたいです。

これは普段モバイル決済を使用されていないお客様に対しても同様で、無理にお使いいただく必要はないという前提で、使用するメリットを周知していきたいです」

コンセプトからUI/UXの見直しなどを経て新たにリリースされたANA Pay、5月のリリースから2か月が経過しようとしているが、実際ユーザーからはどのような声が寄せられているのだろうか。

「iOSを先行してリリースして、Androidは遅れてリリースしました。ですので、Androidがいつ出るんだというお声を最初は多くいただいておりました。

Androidは6月にリリースし、すでにクリアしました。その上で多いお声は、ANA PayマイルとANA Payキャッシュの残高を合算して使えるように出来ないか、というリクエストです。

前述の、キャッシュとマイルを合算した払い方ということですね。ここは早期に実現できるよう現在検討・検証をしているところです」

では、このペイメントサービスのグロース戦略は考えているのだろうか。最後発で、すでに他のペイメントサービスが一定のシェアを取っている状況だ。ここから大手を切り崩すのは簡単ではないというか、とても難しいはずだ。

「ご指摘の通り、すでにさまざまなペイメントサービスがあり、それに紐づく経済圏があります。われわれは最後発でサービスをしておりますので、同じフィールドで戦うことは考えておりません。

前述のANA独自の経済圏でのフル活用、これを目指していきたいと思っています。ポイントという概念は他社さまでもあるかとは思いますが、マイルという形のものではありません。

最終的に貯まったマイルが特典航空券に換えられる、つまり1マイルに1円以上の価値を感じられるという魅力も、われわれだからこそ提供できる強みでもあります」

また、現在のANA Payはタッチ決済となっているが、日本の各ペイメントサービスはQRコード決済が主流だ。しかし、これは全世界でサービス・ビジネスを展開しているANAとしてこだわった点だったようだ。

「いわゆるQRコード決済は海外で使えません。ANA PayはVisaとiDのタッチ決済に対応しています。両替することなく海外のVisaタッチ対応の交通機関やお店で決済できることもメリットの1つです」

海外での活用法があるとの話だが、ここで出てきた通りVisaとiDのタッチ決済を利用できるため、国内でもこの2つのサービスマークがある全店舗で利用が可能、つまり相当数のお店で決済が可能というわけだ。

プロジェクトの遷移

新しいANA Payは、かなりのウィークポイントを潰してリリースされていることが窺える。こうなると、そのプロジェクトは困難を極めたのではないかと勘ぐりたくなる。

実際大変だったようだが、その表情は明るかった。

「最初の壁は、 以前からあるANA Pay(コード払い)を拡張していくのか、一から作り直すのかという点でした。

社内でたくさんの議論がありましたが、本気で一から作り直そうということになりました。

利用できる店舗数を増やす上で、加盟店を自分たちで開拓して大手ペイメントサービスと同様にするのは、なかなか困難であるとも思いました。

そこでNFC決済、前述のVisaタッチやiD決済をお借りしてやっていく判断に至りました。この結論を実現できたことでお客様の利便性は格段に上がりとても良かったのですが、ここに至るまではなかなか大変な議論と作業ではありました」

では、プロジェクトの体制はどのような形だったのだろうか。

「一つの組織が担当したプロジェクトではなく、経営企画の部門を主管とした社内の横断のプロジェクトでした。さまざまな部署から専任メンバーをアサインして、会社の中で最重要プロジェクトとして進めました。

マイレージクラブアプリに組み込む形でもあったので、ただプロジェクトメンバーで新規開発しようという話でもありませんでした。ですので、社内調整するのは結構大変で、意思疎通がうまくいかないとプロジェクトが遅延してしまいますので、結構密に擦り合わせてやったというところはあります」

そうは言っても大プロジェクトであり、その調整はただすればうまくいくというものではない。具体的に心がけていた点やこだわった点はあったのかも伺った。

「私見になりますが、やはり案件にどれだけの気持ちで臨むかは大切だと考えます。そのプロジェクトの専任としてアサインされると責任感も生まれます。精神論も含んでしまうかもしれませんが、専任とすることでその業務に集中できる点は大切だと考えます。これがうまくいった一つの要因であることは間違いないと思っています」

では、この大きなプロジェクトのリスク管理はどのようなものだったのだろうか。

「結果的には大きなトラブルなくリリースできました。

システムなので、システム障害は当然起こるだろうと思っていました。テスト段階で多くのシミュレーションをしてある程度潰せてもいました。

一番怖かったのは 、不正利用でした。そこに対しては、システム的な制御や対策もしていましたし、仮に起こった際の動きも社内で検討していました。

最悪の場合はシステムを止める必要があるわけで、その判断基準を考えたり。また、そうなった際は広報対応をどうしようかも事前に考えておりました。本当に最悪な事態が起こってしまったら、それこそ説明と謝罪の会見みたいなことも必要だったわけですので」

実際は無事にリリースできて今日に至ったわけだが、前夜はやはり胃が痛かったとのことだ。

これからのANA Pay

無事にリリースされたANA Payだが、ANA経済圏への誘い以外に未来への展望や計画はあるのだろうか。

「決まっていることとしましては、以前からあるANA Pay(コード払い)のコード決済を、新しいANA Payに改めて乗せることが決まっています。

他にも常にお客様のご意見を検討してプロダクトを改善・ブラッシュアップしていきたいなと思っています。開発手法もどちらかというとアジャイル的にどんどん繰り返してやっていこうと思っています。

使い勝手に関してはアプリストアのレビューやSNSのご意見には常に目を通していますが、合わせてわれわれはマイレージクラブ会員さまへ向けてアンケートも実施しており、引き続きお客様の声を参考にしていければと考えております」

また、そういった口コミのチェックをする中で現在おこなっているキャンペーンが俗に言うバズを生んでいるという話も伺えた。先に言っておくが、PR案件ではない。

「現在、ANA Payでは6万円チャージして1万円使うと1万マイルもらえるというキャンペーンをしていて、2023年8月31日までの実施です。

これがすごい大人気で、既存のお客様のみならずポイ活(ポイントを貯める活動)を積極的にされている方々にもご評価いただいているキャンペーンです。

文字通りお得ですので期限までに多くの方にご利用のきっかけとしていただけたらうれしいです」

新しいANA Payを使ってみよう!マイルプレゼントキャンペーン!

ペイメントサービスは群雄割拠で、何をどう組み合わせるとお得かという情報もネットに溢れている。

そんな中での取材であったが、最後発であってもコンビニなどで利用できる利便性に問題はなく、逆に最後発かつANAグループのペイメントサービスとして考えられている点が多くあると感じられた。

ANAは航空事業において世界的に多角的に評価されている企業であるが、ペイメントサービスにおいてもその真髄を垣間見た気がした。

また何よりも伊勢氏が楽しそうに語ってくださったのが印象的だった。

唯一後悔しているのは、ビデオインタビューを兼ねれば良かったということだろうか。私の文章で少しでも柔らかな雰囲気のインタビューであったことと、多くの社員の英知と努力の結晶で生まれたANA Payを使ってみたいと思わせることができれば本望だ。

なお、私の決済ライフスタイルは、公共交通機関に乗るとき以外はほぼすべてANA PayのiD決済となった。最後発だからこそのこだわりと使いやすさ、百聞は一体験には叶わない。まずは使ってみて、考えていただければと思う。

(取材/文:柳下修平、撮影:野田涼

presented by paiza

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