製造業の現場を悩ませる深刻な人手不足と技術の属人化。この難題に対し、AIを駆使したコンサルティング事業を展開しながらも「なんでもAIを使えばよいわけではない」と誠実なアプローチを仕掛けるのが、株式会社Delight Flowの代表取締役CEO村田 凌氏です。
東大大学院と外資系コンサルティング企業でのキャリアを経て、現在は工学系研究科の博士課程で研究を続けながら、AI顧問として製造業の現場に入り込む村田氏。技術のコモディティ化が進む現代において、なぜエンジニアが心理学や行動経済学といった「人を学ぶ」必要があるのか。異色の経歴を持つ同氏の原体験から、これからの時代を生き抜くエンジニアへのヒントをじっくり伺いました。

村田 凌 プロフィール
株式会社Delight Flow 代表取締役CEO。外資系コンサルティングファームにて金融会社のサイバーセキュリティ戦略構築支援に従事した後、東京大学にてAIの研究に取り組む。現在は工学系研究科博士課程に在籍。国際論文誌、学会誌での受賞歴を多数持つ。
目次
外資コンサルから再び東大大学院へ。「ビジネス×研究」を選んだ20代の原点

——村田さんは、外資系コンサルから再び東大大学院(博士課程)へ戻り、起業するという異色のキャリアを歩まれています。その原点はどこにあるのでしょうか?
村田 凌氏(以下、村田): 学部時代は東北大学の理学部で、分子の化学反応をコンピュータでシミュレーションするような、基礎研究寄りの自然科学をやっていました。在学中に工学分野にも面白みを感じて、大学院からは東大の情報理工学系研究科へ進学したという経緯です。
プログラミング自体は、学部の研究室でシミュレーションをするために触り始め、基本的には書籍などを使って独学で学びました。
——独学でプログラミングを習得されたとのことですが、挫折しそうにはなりませんでしたか?
村田: 勉強を始めたばかりの頃は本当に地獄でしたね(笑)。授業でオセロゲームを作らされたのですが、いきなり何十個もエラーが出て、何がどうなっているのかまったくわからない。いくらやってもオセロの画面すら出てこなくて、最初が一番つまらなかったです。でも、それを泥臭く乗り越えて、ある瞬間にバーッとコードが動いたときの楽しさがあったから続けられました。
ただ、私がプログラミングで実現したいのは「計算量を極限まで最小化する」といったガチガチなコンピュータ科学の領域ではありません。プログラミングはあくまで「自分のアイデアを表現するための手段」です。この割り切りがあったからこそ、必要以上に気負わず技術を吸収できたのだと思います。
——大学院を修了された後は、新卒で外資系のコンサルティング企業に就職されていますよね。どのようなキャリアプランがあったのでしょうか?
村田: 本音を言うと、当時は将来に対する明確なイメージはありませんでした。私がいた研究科では、ソニーなどの大手テック企業や、新興のAIベンチャーへ進む人が多かったんです。ただ、私は当時から「テクノロジーも武器にしつつ、まずはビジネスの世界で稼げるようになりたい」と考えていて。「それならコンサルかな」というくらいの感覚で決めてしまいました。業務としては金融機関のサイバーセキュリティ戦略の構築や、防御の仕組み作りを担当していました。
ただ、半年ほど働いて、やはり自分は「研究」が一番好きなんだと再認識したんです。そこで「ビジネスと研究が交わるライフスタイルを築きたい」と模索した結果、再び東大の工学系研究科の博士課程に戻る決断をしました。現在はGPSなどを用いた、街中の人流データの欠損補完アルゴリズムなどを研究しつつ、株式会社Delight Flowを経営しています。
——そこから、なぜ「製造業の課題解決」へとテーマが移ったのでしょうか?
村田: 1年ほど前にたまたまご紹介を受けて、データサイエンス関連の仕事で製造業の現場と関わる機会をいただいたんです。それまではホームページにあるような観光人流やSNSデータの解析(※札幌市等との実証事業)などを中心にやっていました。ただ、製造業の現場にあるさまざまなラインや機械、そこから生まれる膨大なデータを目にして「この業界には面白そうなビジネスチャンスがたくさんあって、AIと協働すべき領域も非常に多い」と確信しました。
コンサル時代に工業簿記の勉強をしていたため、原価管理やビジネスモデルの基礎は頭にありましたが、現場のリアルな運用は未知の世界。実際に現場で働く方々と対話を重ね、いろいろと学ばせていただきながら「今後は製造業に特化していこう」と舵を切りました。

職人の思考プロセスをAIで再現。泥臭い現場の属人化に挑む
——具体的に、製造業の現場にはどのような課題があるのでしょうか?
村田: 最も深刻なのは人手不足と、それに伴う「業務の属人化」です。優秀な社員が一人いると、その人の職人技に依存したプロセスが構築されてしまう。その結果、異動や退職の瞬間に「あの業務をどうやっていたのか誰もわからない」という事態に陥ります。
私の役割は、AIを使ってその「元担当者の思考プロセス」を再現し、業務のクオリティを担保する仕組みを作ることです。例えば私がお手伝いした経理部門のケースでは、各拠点の複雑な月次データをまとめて経営層へ報告する、非常に優秀な担当者の方がいました。その方の「何を報告すべきか・しないべきか」という、ルール化が極めて難しい判断基準を、レポートの特徴抽出や丁寧なヒアリングを経てAIに再現させました。
——AIへのなじみが薄い製造業の現場に入り込んでいくのは、難しさもあるのでは?
村田: 現状、AIを本格活用できている企業はごくわずかです。中小企業であれば、多くは「AIって何?」というところから始まります。ただ、だからこそビジネスチャンスがあるんです。
最初から壮大なシステムを提案するのではなく、「この複雑なレポートから知識を抽出して特徴を整理しておけば、今まで何日もかかっていた作業が1日で済みます。楽になりますよね」と、短期的な成果(Quick Win)を目に見える形で示す。そうすると現場のみなさんにすごく喜んでもらえて、AIに好感を持っていただけるんです。
自分でアイデアを考え、わかりやすく伝えて価値を認めてもらうプロセスは、研究もビジネスも同じです。会社員経験が半年しかない私が今なんとかやれているのは、大学院で研究に没頭してこのプロセスを徹底的に繰り返してきたからだと感じています。
「ExcelでいいならAIは不要」元コンサルだから貫く、顧客に誠実な仕分け
——製造業×AIの領域で、これまでに直面した困難はありますか?
村田: お客様のAIに対する期待値が高いからこそなんですが、「これはAIを使わないほうがいいな」というケースでのコミュニケーションですね。最近はAIがまるで魔法のように語られていますが、理論的に見ればまったく魔法ではなく、明確な得意不得意があります。
課題をひもといていくと、既存の方法やルールベース(仕組み化)で解決したほうがミスも起きず、コストもかからないケースが非常に多いんです。例えばExcelに関数を組むだけで課題の8割が解決するなら、システム開発やAIの導入なんてしなくていいでしょう。でも、上の人が「AIで何かやりたい」と息巻いて降りてきた案件だと、現場を見て「必要なのはAIじゃないな」と気づいたときのギャップの調整が難しいんです。
システム開発企業の場合は、システムを組まなければ売上にならないというジレンマがあるかもしれません。ただ、私は月額の「AI顧問」という形をとっているため、お客様にとって最善の提案ができます。既存の方法で100点が取れるのに、流行りだからとAIを導入して70点に落ちてしまっては本末転倒です。無理にAIを導入して失敗する企業を増やさないためにも、この誠実な「仕分け」こそが価値になると信じています。
——データの取り扱いにおいて、セキュリティ面での反発はありませんか?
村田: そこは大企業ほどすさまじい壁があると感じますね。現場は使いたくても、情シスやセキュリティ部門に止められてしまう。実はコンサル時代の私は、まさにその「守り(セキュリティ)の視点から現場を止める側」にいたので、その気持ちが痛いほどわかるんです。AIの学習によって社内データが外に漏れるリスクを考えれば、彼らの判断は当然であり、尊重すべきです。
だからこそ、私は無理な「殺し文句」で突破しようとはしません。ルールベースで使える既存ツールで対応するか、社内で認可されているクローズド環境の中でできることを見つけ、少しずつ実績を作っていく。双方の気持ちがわかるからこそ、地道なリスク説明と期待値調整を丁寧に行っています。

技術の価値はAIに圧縮される。エンジニアが今こそ「人を学ぶ」べき理由
——「技術職とビジネス職の壁」が薄れる中、これからのエンジニアに必要なスキルは何だとお考えですか?
村田: 生成AIやバイブコーディングの台頭によって、簡単な分析やシステム構築であればプログラミング知識がなくてもできるようになってきています。エンジニアリングそのものの価値は急速に圧縮され、コモディティ化しているのが現状ではないでしょうか。
だからこそ、エンジニアも空いたリソースを心理学や行動経済学といった人を学ぶ領域に投資すべきだと考えます。
私が読んだ書籍に、専門職を「エキスパート」と「アドバイザー」に区別する考え方がありました。悩みを聞いて「解決に必要なソリューション(技術)はこれです」と提供するのがエキスパート。一方で、相手の背景や潜在的なニーズまで理解し、一緒に成功まで導いていくのがアドバイザーです。技術の価値がAIに圧縮されている以上、エンジニアは後者のアドバイザー領域へシフトするのがよいのではないかと思います。
——現場でのコミュニケーションについて、村田さん自身も何か苦い経験をされたことはあるのでしょうか?
村田: ここ半年ほどの、本当に最近の大きな学びなのですが(笑)。以前の私は「報酬をいただいているのだから、自分から新しい知見を発信して価値を出さなければ」と焦るあまり、少し押し付け気味に喋りすぎていたんです。
そのとき、現在の指導教員でありコンサル出身でもある教授から「相手の話をちゃんと聞いてあげることも大事だよ」とアドバイスをいただきました。それからは、「こうすればいいですよ」と解決策を押し付けるのではなく、相手の悩みの本質を理解した上で「こういう背景があるのではないですか?」と適切な問いを立てることを意識しています。
どうすれば人が熱量を持って動いてくれるのか、何がモチベーションを削ぐのか。現場のエンゲージメントを高めて実際のPL(損益)にインパクトを出すためには、やはり人間の心理へのアプローチが不可欠だと感じます。『影響力の武器』など、行動経済学や心理学に関する書籍を読んで体系的にインプットし、現場のお客様を相手に試行錯誤を繰り返す。こうしたループを回せるエンジニアになれば、コンサルからもIT企業からも引っ張りだこの、誰もがほしがる人材になれるのではないでしょうか。

「満員電車の風景を変えたい」20代CEOからAIネイティブ世代へのエール
——村田さんは「仕事を楽しいものに変える」というビジョンをお持ちだそうですが、その背景には何があるのでしょうか?
村田: 地元にいる両親や親戚などを見ていてもそうなのですが、世の中の多くの人は、仕事を「人生における苦役(つらいこと)」と捉えていますよね。会社員時代、朝の満員電車で周りがみんな暗い顔をしていたのですが、私はあの雰囲気がどうしても嫌だったんです。
本来なら、人生で多くの時間を費やす仕事がそこまで嫌悪される必要はないはずです。この原因は、経営層が従業員の特性を理解せずに組織運営をしていること、つまり組織論への理解が不十分なことにあるのではないか、という仮説を立てています。
私は自分自身をエンジニアや経営者という枠組み以上に、あらゆるフィールドを対象にした「探求者(研究者)」だと思っています。対象が学術なら論文を書くし、ビジネスなら経営をする。今の私の研究対象は「人や組織」です。私の知見やビジネス経験をもとにして、ここから数年の人生は会社の利益と個人の仕事の喜びをいかに最大化するかを模索しようと考えています。
——最後に、AIネイティブ世代の若手エンジニアに向けて、メッセージをお願いします。
村田: 若手の頃から「トップはどう考えてどのような行動をしているか」を意識して、経営者目線を持って俯瞰で考える癖をつけてみてください。
またこれからの時代、純粋な技術だけでエンジニア同士の差分をとることは難しくなっていくでしょう。ただ、直接対話をしたときに「この人は信頼できそうだな」「将来的にマネジメントを任せられそうなポテンシャルがあるな」と思わせるヒューマンスキルがあれば、市場価値は圧倒的に高まります。
AIネイティブな環境にいるのなら、技術の効率化によって空いた時間が生まれるはずです。その時間を、ぜひ「人を学ぶ」ための読書や実践への投資に使ってみてください。その投資は、これからの時代を生き抜くみなさんのキャリアにおいて、非常に強力な武器となるでしょう。

