スイスのIMDが発表した2024年世界デジタル競争力ランキングにおいて、日本は38位と3年連続で過去最低を更新。デジタル競争力の面で世界に後れを取っている。
今後、日本が国際的に競争力を維持し、どのようにして挑戦に必要なスキルや経験を築いていくのか。本記事では、そのヒントとなる「Developer eXperience Day 2024」(主催:日本CTO協会)にておこなわれた基調講演を紹介する。東京都 副知事の宮坂 学さんと日本CTO協会 理事の藤本真樹さんが「日本の未来を支える力とは?デジタル化と開発者の挑戦」をテーマに対談した。

宮坂 学さん
東京都 副知事。1997年ヤフー株式会社入社、2012年同社代表取締役社長、2018年同社取締役会長を歴任。ヤフー退社後の2019年7月東京都参与に就任、同年9月に副知事に就任、2023年9月に再任し、CIOとして都政のデジタル化を推進中。2023年9月に事業をスタートした「GovTech東京」の代表理事に就任。
藤本 真樹理事
日本CTO協会 理事。2001年、上智大学文学部を卒業後、株式会社アストラザスタジオを経て、2003年1月有限会社テューンビズに入社。PHP等のオープンソースプロジェクトに参画しており、オープンソースソフトウェアシステムのコンサルティング等を担当。2005年6月、グリー株式会社 取締役に就任。2021年9月、デジタル庁 CTOに就任。
目次
デジタル変革の現状と未来

藤本:デジタル競争力ランキングが過去最低を更新していますが、日本は住みやすくていい国だと思います。宮坂さんはこの現状や未来の行く末についてどのようにご覧になっていますか?
宮坂:さまざまな団体や機関が世界の都市ランキングを出していて、だいたいのランキングで東京はベスト5に入ります。僕はジョギングするのが好きでして、海外でジョギングすると空気の問題で喉が痛くなる街は結構あります。シャワーも東京はしっかりと水が出ますけど、ちょぼちょぼしか出ない街も結構ありますよね。そういうこともあって世界の都市ランキングでベスト5に入るんです。でも、デジタル系のランキングだけはすごく低いんですよね。ただ、すべてのエンジニアリングがダメではありません。
藤本:ソフトウェアエンジニアと海外で一緒に働いていても、個々の能力ですごい違いがあるかというと、そんなことはないですよね。
宮坂:だから僕は東京都とか行政のデジタル領域のエンジニアリングで、もっとよくなる可能性はあると思っています。ほかの技術だってできているわけですから。取りかかりが遅かったんだと思うんですよね。でも全然チャンスはあると思っています。
5年前に東京都で働きはじめたとき、ニューヨークやロンドンなど、世界の主要都市内にデジタル部門があるかを調べました。だいたいの都市で専門のデジタル組織があって、外側に開発団体を持っている状態でした。日本では5年前にそういうものは全然ありませんでした。デジタル化の前に「構え」がなかったと思います。それが日本における行政のデジタル化が遅れた1つの理由かなと思います。
藤本:なんとかなってきたがゆえに、みたいなところもあるんでしょうね。宮坂さんの視点では、ちゃんとやっていけば全然戦っていけるようになっていくと考えていけるわけですよね。
これから人口が減少したり地方のインフラ維持が大変になったりしてくると思います。それをなんとかするためにデジタルでどうにかできないか、と僕らは考えています。そのあたり、宮坂さんのお考えを聞かせてください。
宮坂:2040年には公務員の数が約4割減るという推計があります。いまですら定数割れしている自治体がいっぱいある状況です。デジタル部門以前に、定数を満たしていない自治体がそれなりにあるなかで、デジタル化もしていく必要があります。
労働人口の数が減っていくため、公務員を増やすと民間の方は困ってしまいます。なので、やはり公務員を増やす方向性は、たぶんないんですよね。じゃあ、約4割の公務員が減ったらどうするのか。僕は「デジタル公務員」しかないと思うんです。
すべての仕事をデジタルに置き換えるのは無理ですが、業務の何割かをデジタルやAIで代替することはできると思います。というよりも、やらないと業務が回らなくなってしまうんです。
ソフトウェアエンジニアがパブリックセクターの世界に来たり、民間のいいサービスをパブリックセクターが取り入れたりしていく必要があります。
開発者が直面する技術的・社会的課題

藤本:さまざまな側面があるなか、デジタルで社会を変えていくために考えていることはなんでしょうか?
宮坂:漠然とGovTech業界をつくりたいという想いがあります。僕や藤本理事みたいに民間の人が行政で働くケースや、民間企業のなかでもパブリックセクターの仕事をする人が増えればいいなと思っています。結局、行政ですべてのシステムを内製することはありえないので、外部パートナーさんと一緒につくるわけです。ただ、業界全体の総量が増えないと、おそらくうまくいきません。業界全体で才能の総量が増えて、官と民の回転ドアが起きればいいのですが、総量が少ない状況です。
GovTech業界で働くソフトウェアエンジニアや企画をする人が、どうすれば増えるのか。そこが自分のなかでの課題ですね。
藤本:ソフトウェアエンジニアがパブリックセクターに限らず、足りないことはずっと言われていますよね。
宮坂:たぶん、GDPの3-4割はパブリックセクターで、トータルのマーケットサイズは非常に大きいです。僕は山に例えるのが好きでして、GDPの3-4割を占める巨大な山に登ろうとしている開発者が少ないと思っています。その理由は、魅力的ではないとかめんどくさそうとか、いろいろ課題はあるでしょうから、そこは僕らが解決していかなければならない点です。
藤本:パブリックセクターへ、ダイレクトにエンジニアリングやソフトウェアが関わることによって行政自体もおそらくよくなっていくし、国や地方の活性化が進むみたいな感じですかね。行政のなかにエンジニアの入るケースが増えれば、「世の中がよくなるぜ」みたいな肌感はありますか?
宮坂:それはものすごくあります。行政のなかにソフトウェアをつくれる人がいることは大事です。すべてを内製化することはたぶんできませんが、外部のパートナーさんにプロとして発注できる人を増やしたいと思っています。プロフェッショナルな発注者になることがはじめの一歩で、徐々につくる能力も増やしていくようにしていきます。副知事になって1期目で発注能力の向上を一生懸命やりました。2期目を迎えたので、数が少なくてもいいからプロダクトの内製を大きな目標にしていますね。
イノベーションの秘訣と2つのDX視点

藤本:行政がどういうことをすれば、民間企業がもっと伸びていくと思いますか?
宮坂:規制の問題があります。開発する以前に、それをやってはいけないと言われたらできません。だから、規制のデザインをどうするのかは、東京都だけではなくて国もやるべきことが多いと思います。たとえば、コロナ禍以前は紙に判子を押して窓口に提出する必要がありました。規制改革会議に持ち込んだことで、電子署名サービスが行政でも使用できるようになりました。行政にしても、こうした技術があることを結構知っているのですが、ルールでダメなケースが結構多いです。そういったものは変えて、市場をつくる役割があると思います。
藤本:国のデジタル臨時行政調査会で全法律を見て、アナログでないとダメとされていることをすべてリストにして、アナログ規制の見直しを進めていましたよね。すぐには難しいけど、やれば意外に変わるものだなと思いました。
宮坂:そうですね。東京都でも行政手続きのデジタル化を進めています。僕が東京都で働きはじめたとき、行政手続きのデジタル化率は5パーセントくらいでした。いまは78パーセントくらいになっていて、あと3年で100パーセントになると思います。デジタル化できない手続きについては、国へ規制改革を要望する形でつなぐ役割を担おうと思っています。
現場は行政手続きのデジタル化を進めたいんですよ。以前は、行政手続きをデジタル化してもしなくてもどちらでもいいというルールでした。2021年にデジタルファースト条例が施行され、行政手続きは原則デジタル化しなければならないようにしました。ルールを書き換えると、一気に進んでいくんですよ。
行政のデジタル化を進めるときに、サービスをつくる意味でのコーディングと法律をつくる意味でのコーディングがあります。ソフトウェアのコードと法律のコードは表裏一体です。法律のコードを書き換えない限りは、デジタルサービスはつくれないわけですよね。行政の役割は、ソフトウェアでできることを理解したうえで、上位概念である法律や条例などのルールを書き換えることです。僕はこれが非常に大事だと思っているので、だからこそ技術のわかる人が行政に来てほしいんです。
藤本:実際に5年ほど行政で働いて、やってよかったなと思いますか?
宮坂:あえてアウェイという言い方をしますけど、自分の慣れていないアウェイな環境でのマネージメントはとても勉強になりました。なにもかもが違うし、全員知らない人ですから、負荷のある筋トレみたいなものです。マネージメント筋肉は激増したと思いますね。
日本の開発者の未来

藤本:日本の未来はこうなっていくからこういうことを頑張るといいと思うよ、こういうチャレンジしたらいいんじゃないのなど、宮坂さんの考えを教えていただければと思います。エンジニアやビジネスパーソンの方たちへメッセージはありますか?
宮坂:CTO協会さんのホームページを見ると、「Software is eating the world」という言葉があります。これは、現在進行形で起きていると思うんですよ。ほとんどの人が食べていなかった巨大なものがあります。それがパブリックセクターです。行政側ではなく、民間側からチャレンジするのもありだと思います。教育や介護、最近だとライドシェアなど、準公共の分野も結構ありますよね。大変ですけど、巨大な山に登るのが大事です。
ソフトウェアをつくれる方を行政は求めていますし、行政ではないパブリックセクターの人たちも求めています。ソフトウェアでサービスをつくるのも大事ですけど、行政と民間のもっとも違うところはなにかと考えると、「絶対に潰れてはいけないこと」だと思います。継続性や永続性はものすごく大事です。そうすると、組織をつくるとか、サービスを生み出すための仕組みをつくるとか、技術負債を残さずに更新していく仕組みをつくるといったことが必要になります。
組織づくりや開発のライフサイクルをどうやって回していくのか、などに興味のある人にとってはおもしろいタイミングだと思います。
藤本:行政のサービスって普通に生活していると意識することはあまりなかったんですけど、じつはめちゃくちゃ関係あるんですよね。そういうものが見えるようになったり、場合によっては変えられたりするのは、エンジニアとしておもしろいと思います。
行政のサービスがよくなってもお金が儲かるわけではないですよね。でも、ボトルネックにならないで、なめらかに回ることでいろいろなソフトウェアが開発しやすくなったりチャレンジがしやすくなったりします。結果として、この国がいい方向へ行くことが目指すべきところですよね。
宮坂:この間、子育て支援している人との会議に出ていて、当事者の方にふと言われたことがすごく印象に残っています。「いろいろな制度や支援をしてくれるのはいいんだけど、時間がほしい」と言われたんです。行政は時間を奪うことが多いんですよね。紙1枚を役所に出すために、半日有給休暇を取得することもあります。みなさんから見ると、行政が時間泥棒に見えてしまうんだと思います。そこはデジタルによって、みなさんに時間をお返しするようにできればと思いますね。
取材後記:魚は水に感謝しない
セッションのなかで、宮坂さんが「魚は水に感謝しない」という言葉が好きだと話していた。宮坂さんが働く行政の世界では、感謝されないことや意識されないことが当たり前だ。それでも陰ながら努力し続ける行政の仕事は、大変だがやりがいはあるのだろう。
今回、藤本理事はCTO協会理事としての立場で話をしていたが、プロフィールにもあるとおり、デジタル庁のCTOも兼任している。お互いに行政の仕事をしているため、調達に関することなど、さらに深く聞きたいこともあったように感じた。
こうしたエンジニア向けのイベントで行政に関するセッションはあまりない。ただ、宮坂さんが話したようにパブリックセクターはGDPの3-4割もある巨大な山であるため、エンジニアにとっても興味深いはずだ。今後も行政に関するセッションを続けてもらいたい。
(取材/文:川崎博則)
