2024年77日に投開票された東京都知事選。過去最多の56人が立候補したなか、AIエンジニア・起業家・SF作家として活動する安野 貴博さんが、全体で5位となる15万票以上を獲得した。テクノロジーを活用した双方向型の選挙活動をおこない、選挙活動の新しいかたちを示した。

 本記事では、「Developer eXperience Day 2024」(主催:日本CTO協会)にておこなわれた、安野さんによる特別招待講演を紹介する。東京都知事選を終えたいま、安野さんが振り返りとともに今後の展望についても語った。

安野 貴博 さん

合同会社機械経営 代表。AIエンジニア、起業家、SF作家。東京大学工学部、松尾研究室出身。ボストン・コンサルティング・グループを経て、AIスタートアップ企業を二社創業。デジタルを通じた社会システム変革に携わる。日本SF作家クラブ会員。

テクノロジーで未来を描く。一貫した行動原理

安野さんはAIエンジニア、起業家、SF作家と3つの職業を通じて、「未来を描く」を実践してきた。東京大学の松尾研究室を卒業後、AIエンジニアのキャリアをスタート。AIに関するスタートアップを創業し、これまでに2社を立ち上げている。SF作家としては、「第9回ハヤカワSFコンテスト」で優秀賞を受賞し、デビュー。718日にはデビュー2作目の長編小説『松岡まどか、起業します AIスタートアップ戦記』が刊行された。

これら3つの職業は異なるものに見えるが、安野さんのなかでは一貫したことをしているそうだ。

 

 「東京都のビジョンが見えない、しかもテクノロジーの重要性が高まっているなかで、『テクノロジーを通じて未来を描きたい』という一貫した行動原理で出馬をしました。ほぼ一般の方への知名度がない状態で出馬をし、無名の状態から約1か月で15万票を得ました」

 当選を目指して活動してきたため結果は残念だったが、意味のある数字になったと都知事選を振り返る。

 「過去に22回の都知事選があり、そのなかでも30代では史上最高の得票数になりました。また、議員経験がなくて支持組織がない候補のなかでも史上最高の得票数でした。これは意味のある結果になったと思っています」

テクノロジーを活用して「発信」だけでなく「受信」をアップデート

なぜ、自身の言う「無名の状態」から15万票も得られたのだろうか。安野さんは、デジタルテクノロジーを使って双方向の選挙をおこなったからだと仮説を立てている。

 「いままでの選挙は、基本的にブロードキャスト型の選挙でした。候補者が考えている政策を、一方的に有権者の方々に伝えるスタイルの選挙がいままでおこなわれてきました。私は今回、いまの技術を使うことで双方向的なものにできるのではないかと思ったんですね。それをブロードリスニングと言っています」

 インターネットの普及により、誰でも自分の意見を発信できるようになった。ただ、2010年代ごろになると、情報が多すぎて受け取り側がパンクするようになる。しかし現在、ChatGPTや大規模言語モデルが人間の言葉をうまく操作できるようになってきたことで、多すぎた情報を消化できるようになったと安野さんは話す。

 「ブロードリスニングにより『受信』をアップデートすることで、選挙というものを大きく変えられると思っていました。発信するだけではなく、みんなで未来の東京をどういう場所にするといいのかを議論する。そういう時間にできるのではないかと私は考えています」

「聴く」「磨く」「伝える」の高速サイクル

安野さんが具体的におこなったことは3つある。「聴く」「磨く」「伝える」のサイクルを高速に回した。

 「まず、みんなの意見を広く聴きました。そして誰がなにを考えているのかがわかったうえで、案を磨きます。最後に、意思決定したことをみんなに伝えました。この3つのサイクルを高速に回すことを安野チームはしていました。これが決定的に違ったところだと思います」

 3つの取り組みについて、安野さんがステップごとにくわしく説明してくれた。まずは「みんなの意見を聴く」こと。その前段階のステップ0として、議論の出発点を用意したうえで意見を聴いた。

 「みんなの意見をいきなり聴いても、いい政策やアイデアが出てくるかというと、私はそうではないと思っています。やはり議論の出発点となるものは必要です。なので、その出発点を用意しました。それがマニフェストです。100人以上のエキスパートの方に話を聴きながら、96ページくらいのマニフェストを公開しました。興味のある方は私の名前で検索いただければ、ホームページのトップに出てきます。現在、バージョン2として130ページくらいのマニフェストになっています」

 「こんな長いマニフェスト誰も読まないよ」という声もあったそうだが、実際には多くの人が読んだ。SNSのインプレッションだけでも、投稿してすぐに1,000万ほどの数字を記録したという。

 さらに、早稲田大学マニフェスト研究所の評価では、安野さんのマニフェストは100点満点で50点と、もっとも評価が高かった。当選した小池 百合子知事のマニフェストは、34点で2位だった。

「聴く」「磨く」「伝える」の具体策

1つ目のステップ「みんなの意見を聴く」では、さまざまなチャネルを通じて情報を収集した。X(旧:Twitter)のAPI Developers Proアカウントを契約し、選挙期間中に都政についてポストされた投稿をクロール。どのような意見があるのかを可視化した。

 「『Talk to the City』というオープンソースのライブラリーを活用し、何万ものポストを読まなくても、どのような意見がどれくらいの分量あるのか、生成AIを使うことで可視化できます。こうした仕組みを通じて、ネットやYouTubeXといったチャネルの意見を見ながら政策を考えていました。いままではクラスタリングしたときに、人間が塊を解釈するためにコストがかかっていました。それをすべてChatGPTにやってもらえるようになっています。大量の情報をダイジェストし、消化して把握できるようになったと思います」

 安野さんはインターネット上だけではなく、物理的にさまざまな場所を訪れ、多くの声を聴いた。そのうえで2つ目のステップ「みんなで案を磨く」を実施。生成AIを活用しながら、誰がどのようなことを考えているのかを把握し、マニフェストをよりよくしていった。

 GitHub上にリポジトリをつくり、そこにマニフェストを置きました。Issueをつくったり、Pull Requestを誰でも出せるようにしたりしたんです。これがかなり動きまして、マニフェストに対して621日から28日までに157個の課題提起がおこなわれ、69個の変更提案があり、41個が実際に反映されました。最終的な数値は倍くらいになっており、すごくいいアイデアをたくさんいただきました」

 具体的にどのような提案や改善があったのか。安野さんが紹介した。

 1つは、教育費の助成に関する所得制限の議論がありました。マニフェストでは教育が1つの柱になっていて、東京都の教育費は他自治体の2.3倍くらいかかります。それが世帯の負担になっているという問題がありました。これに対して助成をしようとしており、最初のバージョンでは、所得に応じて助成額を決めようとしていたんです。ただ、ここに懸念を示される方がたくさんいらっしゃいました。そこで、財源や効果を精査してみたところ、所得制限は撤廃したほうが政策の効力は高まることがわかり、見直しを実施しました」

 GitHub上で提案を受け、それを精査して実際に見直しを実行する。テクノロジーを活用して、よりよい政策を検討する手法はこれまでになかった。ただ、SNSでも問題になっているように、インターネット上では誹謗中傷や不適切なヘイトスピーチなどが生じてしまう。安野さんは、それに対してもテクノロジーを活用して解決した。

 「議論が荒れないように、GitHub ActionsChatGPTAPIを叩きながら、議論をモデレーションするものをつくっていきました。ヘイトスピーチや誹謗中傷はフィルターをかけることや、同じ議題が繰り返し上がらないように検知してモデレーションしました」

AIあんの」でコミュニケーションを増幅

3つ目のステップ「みんなに伝える」では、安野さんの政策を学習した「AIあんの」について紹介した。

「選挙期間中はYouTube Live上に24時間アバターがいて、コメントをすると自分のマニフェストについて返信してくれます。YouTube Liveを使わない方もいらっしゃるので、電話版もリリースしました。特定の電話番号にかけると、音声認識と音声合成の技術により、質問ができます。実績として、16日間で約8,600件の質問に回答しました。人間の政治家が頑張っても8,600件の質問に回答はできないので、それができるようになったのは、AIによってコミュニケーションが増幅されたのだと思っています」

紹介した「みんなの意見を聴く」「みんなで案を磨く」「みんなに伝える」という3つの取り組みを高速に回すことは、選挙だけではなく行政運営に対しても有効な手段だと安野さんは考えている。

東京都知事選での気づきと今後の展望

東京都知事選で安野さんは、雰囲気がほかの陣営と違うと言われることが多かったそうだ。他候補者のネガティブキャンペーンをせず、正面から政策を訴え続けた。なぜ雰囲気がほかの陣営と違うのか、安野さん自身が理由を考えた。

「理由を考えてみたんですけど、1つはマニフェストといった主張に訂正可能性があるからだと思いました。意見を固めて修正やアップデートしない前提のブロードキャスト型選挙では、異なる意見が来たときに取り込む手段がありません。なので、どのように相手を言い負かすかという方向にしか思考が動きづらいんですよね。一方で私たちのブロードリスニング型選挙では、マニフェストが訂正可能です。そうすると異なる意見が来たときに、それがよければ受け入れればいいし、違うのであれば違うと言えばいいので、建設的な議論に発展しやすい可能性があります」

最後に、今後の展望について、安野さんは次のように話した。

「チーム安野がおこなったような双方向型の選挙を未来の当たり前にしたいと思っています。なので、知見はオープンにしていきたいです。今回つくったシステムをオープンソースにして、後の選挙であらゆる候補者が使えるようにしていきたいと思っています。次になにをしようかと考えている人がいたら、ぜひ出馬をオススメします。一緒に民主主義を実装しましょう」

取材後記:新しい選挙にアップデート

安野さんが「双方向型の選挙を未来の当たり前にしたい」と語ったように、今回の選挙でも活用したシステムをオープンソースにして、候補者が誰でも使えるようにするという。今後の選挙がオープンで双方向型に変われば、有権者の声が届きやすくなるだろう。

テクノロジーによって選挙という仕組みがアップデートされると、政治へ興味を持つ人も増えるかもしれない。これから安野さんがどのような活動をしていくのか、セッションを聴いてさらに興味を抱いた。

(取材/文川崎博則

― presented by paiza

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