ビッグデータというバズワードが誕生して数年経ち、あふれるほどのデータが生成されるようになりました。その結果、膨大な個人情報も同時に生まれています。ここで浮上してきた課題が、個人情報を扱う技術、すなわちプライバシーテックです。

本記事では『Developer eXperience Day 2024』(主催:日本CTO協会)における株式会社Acompanyの講演「プライバシーテックで切り開く未来のデータ活用への挑戦」の模様をレポートします。

スピーカー紹介
田中 来樹 / 株式会社Acompany CTO
名古屋大学在学中に学生起業、CTOを経験。名古屋大学大学院在学中の2021年に株式会社Acompany入社。2022年11月より執行役員CTOに就任。実用的な秘密計算エンジン「QuickMPC」や、すべてのデータが使えるデータクリーンルーム「AutoPrivacy DCR」の立ち上げに従事。

計算過程を秘匿化したまま計算処理する技術「秘密計算」

こんにちは。AcompanyのCTOを務めております田中来樹と申します。本日は「プライバシーテックで切り開く未来のデータ活用への挑戦」というテーマでお話しします。

私は名古屋大学でコンピュータサイエンスを学び、在学中に起業を経験しました。その後、名古屋大学発のスタートアップであるAcompanyに入社し、現在CTOを務めています。

Acompanyでは秘密計算の研究開発の後、領域をプライバシーテック全般に広げてプロダクト開発に注力してきました。現在は「AutoPrivacy DCR」と呼ばれるパーソナルデータ連携基盤の開発を行っています。

さて、「秘密計算」という技術を聞いたことがある方はどれくらいいらっしゃいますか?ほとんどいらっしゃらないようですね。では、プライバシーテックについて理解を深めるために、まず秘密計算について簡単に説明します。

秘密計算とは、計算過程を暗号技術等により秘匿化したままの状態で計算処理する技術の総称です。秘匿化は、暗号技術等でデータを隠す処理を指しています。一般的な暗号化手法では、暗号化したデータは計算機が解釈できない形になります。通信時や保管時には暗号化していても問題ありませんが、計算時には1度復号して生データの状態に戻す必要があります。

価値あるデータは活用可能な状態にしておくため生データの状態で置かれることがほとんどで、悪意ある攻撃の標的になりやすくなります。秘密計算では、データを秘匿化したままの状態で計算機が解釈できるため、たとえ活用時に攻撃されたとしても、データを保護できる点で一般的な暗号化技術とは異なります。

まずは、どのように実現するか、簡単に秘密計算の仕組みがわかるデモンストレーションをお見せします。

年収を例にした秘密計算のデモ

Aさん、Bさん、Cさんの3人が居酒屋の場で、お互いの年収がいくらなのかという話になったとします。ただし、年収の情報は他の2人には教えたくないセンシティブな情報なので、自分の年収を開示せずに、3人の中で高い方なのか低い方なのかという情報だけを把握したいと考えました。

まず、個々の年収の情報を、足し合わせると元の数字に戻るようランダムに3つに分割します。この分割した値をほかの2人に配ります。AさんはBさんに300を、Cさんに500を配ったとしましょう。同様にBさん、Cさんも配ります。

各々は手元に集まった値の平均値を計算し、3人の結果を足し合わせます。これで最終的に1500という数字を得られます。これは実際に3人の年収の平均と一致しています。

各々の視点で見てみると、自分の年収を開示していない上に他者の年収の情報も知りえないことが確認できます。これが秘密分散とマルチパーティ計算と呼ばれる手法による秘密計算の考え方です。

プライバシーテックが求められる背景と活用

プライバシーテックが活用される例として、代表的なユースケースであるPII(個人情報)の検出・非個人情報への加工・データ秘匿分析の3つを紹介します。

特定の個人を識別できる情報「PII」の検出

PIIは特定の個人を識別することができる情報を指します。氏名・電話番号・パスポート番号のような単体で識別性が高い情報だけでなく、性別や生年月日のように、他の情報と組み合わせることでより識別性が高まる情報も含みます。

PIIの漏洩は、SNSの身ばれによる趣味志向の漏えいやなりすまし、差別や迫害といった命を脅かすレベルのリスクまでさまざまです。PIIを漏洩させると、企業の信頼やブランディングイメージを大きく毀損します。

個人情報保護委員会の報告によると、2023年には過去最多の13,279件のインシデントが発生しました。ランサムウェアやGoogleフォームの設定ミスによる漏洩事件が連日ニュースになっています。

弊社でも、Googleフォームの設定ミスによるインシデントが発生し、当事者への報告と謝罪を行い、個人情報保護委員会へ報告しました。この際、膨大なファイルを棚卸しして、アクセス設定や内容の精査を手作業で行いました。このようなPII検出作業は手作業が多く、確認漏れのリスクがあります。

PIIディスカバリー

PII検出を自動化するプライバシーテックとして、PIIディスカバリーがあります。正規表現やLLMを用いてテキストデータからPIIを検出する技術で、自動文字起こしのような不完全なテキストデータからでもPIIを自動的に検出できます。

PIIマスキング

PIIディスカバリーを応用した技術にPIIマスキングがあります。PIIを検出し、別の値に置き換えてマスキングする技術です。従来、委託先へのデータ提供時に漏洩リスクを排除するために行っていたマスキング作業を自動化できます。この技術は、パブリックLLMを利用する際にプロンプトにPIIが入り込むのを防ぐ目的でも活用可能です。

非個人情報への加工

次に、個人情報を非個人情報へ加工する技術についてお話しします。個人情報を取り扱う上では法令に従う必要がありますが、データを加工することで非個人情報として扱えるようになり、個人情報の取り扱いルールの適用外にできます。

匿名加工情報化

匿名加工情報とは、特定の個人を識別できないように加工された個人情報です。記述の一部や個人識別符号を削除・置き換えすることで、通常の方法では復元できない情報にします。匿名加工情報化により、匿名性とデータの有用性のバランスを取ることが重要です。

合成データ

合成データは、元データの統計的特性を残したまま、匿名性の高いダミーデータを作成する技術です。元データの統計的分布を特定し、そこからランダムサンプリングして同じ特徴を持つダミーデータを生成します。このデータは、元データと同じように見えますが特定の個人に関連しない情報です。

データ秘匿分析

最後にデータの秘匿分析についてお話しします。匿名加工合成データは、生データよりも分析精度が低下する場合があります。高い正確性が求められる医療AIやデジタルマーケティングでは、生データと同等の精度の分析が必要です。

秘密計算

秘密計算は、データを秘匿化したまま計算処理できる技術です。計算過程においてもデータを保護できるため、安全に分析が可能です。秘密計算にはTEE(Trusted Execution Environment)、MPC(Multi-Party Computation)、HE(Homomorphic Encryption)があります。

TEE

TEEは、信頼できるハードウェアによってメモリー上に保護領域を生成し、そのデータを保護しながらプログラムを実行できる技術です。代表的な活用事例として、AppleのFace IDやTouch IDがあります。AcompanyでもTEEを活用したSGX-EIMという手法を提案しています。

連合学習

連合学習は、複数のローカル環境で生データを用いて学習を行い、得られたパラメーターを中央サーバで統合する技術です。これにより、データを外に出すことなく学習に利用できます。

まとめ

データ資源は21世紀の新たな石油と言われ、プライバシー保護とDXを両立する技術としてプライバシーテックが注目を浴びています。Acompanyでは、プライバシーテックをプラットフォーム化し、利用ハードルを下げることでプライバシーDXを推進しています。

取材後記:個人情報の扱いはよりテクニカルに。活用手段も進化する

個人情報はさまざまな場所にデータとして保管されていますが、事業者が集めた情報は厳重に管理されながらも有効に活用できることが理想的です。秘匿性と利便性を両立するための技術はこれからも進化し続け、情報の利用がより社会の発展に繋がっていくことが今回の講演から感じられました。

(取材/文:奥野大児

presented by paiza

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