オンラインゲームや家庭用ゲームソフト、アミューズメント筐体の企画・開発はもちろん、音楽・映像コンテンツの制作、そして舞台の運営まで、幅広くエンタテインメント事業を手掛ける株式会社マーベラス。
今回は、同社でエンジニアとして長年ゲーム開発を担い、現在は開発部部長を務める竹下英敏氏にお話を伺いました。ゲーム業界ならではのエンジニア採用の苦労とこだわり、将来を見据えた組織づくりについて語っていただきました。
株式会社マーベラス 開発部 部長 竹下英敏氏
1988年プログラマとしてセガに入社し「アウトランナーズ」など業務用ゲーム開発に携わる。セガサターンの開発を契機に家庭用ゲーム開発部門に異動し「パンツァードラグーン」シリーズなどの開発に従事。1999年アートゥーンに転職しセガ以外のゲーム機開発に触れる。「ヨッシーアイランドDS」ではプログラミングをしつつディレクションを経験。合併を重ね現マーベラスとなった2011年頃からマネージメントに重心を移し、2019年10月より開発部長としてエンジニアを統括。
ゲーム開発期間が長くなり、モチベーションの維持が課題に
――はじめに、竹下さんのこれまでのキャリア、マーベラスでのご経歴について教えてください。
竹下英敏氏(以下、「竹下」):わたしは新卒で当時のセガ・エンタープライゼスに入社しました。まだ家庭用ゲーム機の性能がそれほどよくない時代で、表現にも限界がありました。そのためどうしてもアミューズメント(ゲームセンターのアーケードゲーム)の開発をやりたい思いがあり、セガに入社しました。
その後、家庭用ゲーム機は著しく進化し、業務用と遜色のないレベルにまで到達していきます。ちょうど「セガサターン」の開発初期に誘いを受け、コンシューマのほうに異動しました。その後「ドリームキャスト」の開発まで携わったのち、先輩が立ち上げた会社へ転職し、合併などを繰り返して今のマーベラスになったという流れになります。
これまでずっとゲームプログラマとして開発に携わり、ディレクションなどもやりつつ、現在は開発部の部長としてエンジニアを統括する立場になりました。現職に就いてからは2年ほどといったところです。
――ゲーム業界一筋でやってこられて、特に家庭用ゲーム機の歴史を第一線でごらんになってきたと思いますが、今と昔で変わった部分はありますか?
竹下:昔に比べて、ゲームの開発期間が長くなってきていますね。わたしたちの時代には、1年経たずに1本をつくり上げることもありましたが、今は2~3年が当たり前です。分業化が進んだがゆえに開発終了まで任されたパートから外すことがなかなか難しく、どうやって長い開発期間でモチベーションを維持しながら開発を続けるかが課題になってきます。
昔は次から次へとタイトルを開発しなければならなかったので、そんなことを考える必要すらありませんでした。今とは随分状況が違います。
もちろんどこまでそれをマイナスに捉えているか、他の仕事をやりたがっているかは、人によるとは思います。しかし、多くのエンジニアが「新しいことをやりたい」という気持ちを持っていることは、わたし自身よく分かっているつもりです。
課題解決のために、まずはマネジャーとメンバーに定期的な1on1の機会を持ってもらって、そこで本人の希望を聞いています。多少のリスクをとってでも、他のことをやらせてみたり、リードプログラマをやっていた人を別のプロジェクトの立ち上げに参画させて、サブリードプログラマの立場だった人をリードプログラマに引き上げたりすることも必要だと思っています。
――そのあたりの人員配置は、非常に苦労しそうですね。人気のあるところに集中してしまったり、重要な役割の方は外せなかったり……。
竹下:おっしゃるとおり、個々人がやりたいことと、こちらがやってほしいことは必ずしも一致しませんし、全社員の希望をそのままかなえるわけにもいきません。たとえば、プレイヤーコントロールの部分をやりたいと言う人が10人いたとして、全員を希望通りに配置してもゲームづくりはできません。
事業方針、プロジェクトの状況と、本人がスキルアップやキャリアアップのためにやりたいことをできる限りすり合わせて、本人の希望に応えるよう努めます。それでも最終的には、ゲームを完成させるための人員配置をしなければならないので、そこは本当に苦心している点ですね。
実情としては、状況により判断にはなりますが、話をしっかり聞くことは今後も大切にしていきたいと考えています。
――さきほど「エンジニアは新しいことをやりたい」というお話も出てきましたが、社内で新しい技術に関わる機会を増やす取り組みは何かされていますか?
竹下:施策として積極的にやっているわけではないのですが、試せる材料が手元にやって来た段階で、いち早く人を割いて検証するようにしています。
たとえば、まだ最終製品ではないけれども、新しいハードウェアのサンプル品がうちに来たとします。そこでエンジニア目線で何かできるのか、もしくは何ができないのか、やるとなったらどれくらい開発コストがかかりそうかを検証して、企画やデザイナーに伝えることもエンジニアの務めのひとつです。
もちろん事業として成功するかしないかはまた別の話です。ただ、技術的なおもしろさをゲームの楽しさに転化するためには、エンジニアもアイデアを出すべきです。わたしが一番の理想としているのは、エンジニアが発案したゲームが世に出ていくことです。エンジニアだからこそできる発想がきっとあるはずなので、それが実現できれば最高だと思っています。
採用側から見たゲームエンジニアに求める要素
中途採用では技術とクリエイターとしてのアイデアを重視
――つづいて、エンジニア採用について伺えればと思います。
竹下:前提として、この規模の会社で退職される方をゼロにするのは現実的ではありません。そうなると、事業を拡大していくためには、それ以上に人材を採用する必要があります。
しかし、ただ数をそろえればいいわけではなく、チームでゲーム制作をするにあたって、エンジニアに期待するものがあります。メンバーとコミュニケーションをとりながら開発を進められるのはもちろん、指示待ちではなく自主性を持って、そして愛情を持ってゲームを制作できる人であってほしい。また、ゲーム開発に携わるエンジニアは、いち作業員ではなくクリエイターです。新技術やアイデアの引き出しとなるような話題にアンテナを張っていてほしいとも思っています。
一方でそこにフォーカスしすぎて理想が高くなると、採用に至らないといった問題に直面してしまいます。業界の最大手のポジションではないため、比較されると競り負けることもありますし一進一退ですね。
――実のところ外から見た印象では、企業名も広く知られていますし、採用も比較的順調にできているのではないかと思っていましたので意外です。一方で、お話を聞いているとゲームエンジニアの採用はWebやソフトウエア開発のそれとはまた違った苦労があるのだろうというのも伝わってきました。
竹下:さきほどお話した理想なんかもそうですが、実力があってクリエイティブな人材が欲しいというのは事業の成長のためだけでなく、そういった人がマーベラスにたくさんいる状況を作ることで、同じような人が集まってくれると思っているんですよね。
理想と現実は区別をして、多少採用の要件は調整しながら、いい人材を確保する努力は惜しまずやっていきたいと思っています。それが今の開発チームにとってもプラスになりますから。
新卒採用では「ゲームが好きで実際に作ってみた」という熱意
――ここまで、どちらかといえば中途採用での話だったかと思いますが、新卒採用に限って見てみるとどうでしょうか。
竹下:個人的には、ゲーム開発を将来の飯の種にしたいような人は、普段からゲームを作るべきだと思っています。やりたいことが他になく、仕方なくゲーム業界を選択する人は、厳しい言い方かもしれませんがあまり魅力を感じないんですよね。やはりゲームが好きで、ゲーム作りが好きで、プログラミングが好きだという人にはかないません。
逆に言うと、そういう想いを持っている人にとって、ゲーム業界は夢のような世界じゃないですか。長く業界で、もっと言えば当社でずっと活躍してくれる人かどうかを判断するのに熱意は大切なんです。
――そういう意味では、中途と比べると目の前のスキルや開発能力以上に、ゲーム開発への思いを大事にされてるんですかね?
竹下:はい。情熱や愛情、作りたいという想いを重要視しています。
だから「こんなゲームを作ってきました」と言って見せてくれたものが、たとえすごいものでなくてもいいんです。ゲームを作ろうとした事実があれば、「適性がある」と言ってもいいくらいです。特に新卒の場合は、実績は入社してから積んでもらえばいい話なので、まずはその素質があるかどうかを見たいと思っています。
就職活動をする学生側には選択肢がたくさんありますよね。消去法でゲーム業界を選んだ人の熱量は、ゲームが好きで、普段から作っている人の熱量とは比べものになりません。技術がまったく必要ないとは言いませんが、本気で目指している方であれば、面接ではゲーム作りへの想いをぶつけてほしいです。
エンジニアはひとつの部に所属、将来を見据えたマトリクス組織
――次に組織体制についてもお聞きしたいのですが、組織図を見てみるとエンジニアは横断的な組織に所属しているといった形でしょうか?
竹下:現在、当社ゲーム事業においては、コンシューマ事業・オンライン事業・アミューズメント事業があり、そこがいわゆる「ビジネスサイド」です。開発部はそのどこにも属しておらず、独立したひとつの部となっています。これはデザイン部も同様です。
その部の中では、コンシューマ開発グループ、アミューズメント開発グループ…と分かれています。つまり縦軸で事業部があったときに開発部やデザイン部は横軸に展開してると捉えていただくとよいかと思います。
たとえば、コンシューマゲームの場合、基本的に家庭用ゲームソフトの開発なので、サーバとのやりとりはそんなにありません。一方、スマホゲームは、端末は表示装置のようなもので、ゲームの中身はサーバ上で処理する部分が多いです。そのように扱う技術が異なっていてもひとつの部署にいることで、横方向でいろいろな相談ができます。事業部のメンバーに確認を取らずともエンジニア同士で話をして、コンシューマゲームなんだけど、サーバ・クライアント型の開発をやってみたいとか、オンラインゲームのチームだけど、コンシューマの開発がやりたいといった意思疎通がしやすいのが特徴です。
もちろん、部署が横断していると言っても技術的な壁があるので、人の行き来はそう簡単なものではありません。たとえば、アミューズメントゲームやコンシューマゲームでは、クライアント側、つまり映像を表示する側のエンジンとして、UE4(UnrealEngine)を使っている一方、スマホゲームのクライアント側はUnityを使っています。細かい話にはなりますが、Unityはポインタが使えないので、普段それを使っていない人がいきなりポインタを扱いだすとバグを作り込んでしまうことになりがちです。
ただ、未来永劫UnrealEngineが存在し続けるとも限らないですし、同様にUnityがずっと使われるとも限りません。将来的には、コンシューマだとかオンラインだとかの区別もだんだんつかなくなるんじゃないでしょうか。
そうなると、横断的な立場にいたほうが動きやすいですし、何かを調査するにしても、ナレッジ共有がしやすいのは間違いないですよね。未来の変化に柔軟に対応するため、ひとつの部署にエンジニアが集まっているこの体制を維持していけたらいいなと思っています。
――なるほど、目先の何かというよりも、将来を見据えた上での体制なんですね。
竹下:そうですね。過去にひとつにまとまっていたことでものすごくシナジーを生んだわけではなく、将来のためにこの組織体制を取っています。
事業部制をとるか機能別にするかは、会社の規模に関わらず、多くの会社が悩むポイントだと思いますが、当社はマトリクスにして共存しています。これが正解かどうかは分かりませんが、今のところうまくいっています。
分科会で情報共有、エンジニアの自主性と価値を高める
――他にエンジニア組織を作る上で取り組んでおられることがあれば、合わせてお聞きできればと思います。
竹下:他のプロジェクトで近しい開発パートを担当している人と壁打ちができる「分科会」という場を設けています。
ほとんどのエンジニアは月に1回1時間、どこかの分科会に参加することになっています。どこかというのは、グラフィックやサウンドなど、いくつかに分かれているので自分が今担当しているパートに一番近いところに参加してもらっています。そこでは他のプロジェクトの同じような仕事をしている仲間が集まって、どんな問題点があって、どう解決をしたかを共有します。それだけでなく、「便利なツールを作ったので参考にしませんか」といったように、よいところも悪いところも共有して、同じ轍を踏まないようにする目的もあります。
冒頭お話しした「1つのタイトルの開発が長期化する」ということは、「ひとりあたりの将来開発できるタイトル数が減る」ということでもあります。月に1回ですし、擬似的な体験にはなりますが、「分科会」はそこを補完する役割もあると思っています。エンジニアとしての経験値がわずかでも上がってもらえたらいいなと思います。
――勉強会のようなものをイメージしてましたが、そういった意味合いもあるんですね。
竹下:他にも分科会で出てきた意見として、「今共有された対応例の実際のソースコードを見てみたい」というのがありました。そのため他のプロジェクトのソースコードを見られるようにして、参考にしてもいいし、そのまま使えるのであれば使ってもいいことになっています。
もちろんリリース前の重要な固有名詞や情報を含んでいると見せられないケースもあります。そういった一部を除いては、社内のエンジニアであれば、自分が関わっていないプロジェクトでも見ることができます。
――採用のお話でもあったとおり、自主性を非常に大切にされていますよね。
竹下:今はどうしても事業部主体で、エンジニアはそこに寄り添う形で、事業部がやりたいことを実現するための手助けをするような立場にあります。これを打開したいなと思っているんです。
まず、エンジニア側がアクティブにリードする仕事の進め方をするためには、内部に開発部があることを評価してもらう必要があります。「開発部隊がいてくれてよかった」と思ってもらえる実績を積み上げていくしか、開発部の価値を上げる方法はありません。開発部の、ひいてはエンジニアの価値を上げることで、会社全体のものをつくる力も当然上がってきます。まだ道半ばではありますが、実現したい気持ちはあります。
わたしは開発部の存在価値が上がることは、会社のためになると考えています。ここは経営陣にもしっかり訴えて、理解してもらうことが大切です。
ゲームエンジニアは自ら「おもしろい」を追求し、作り出せる仕事
――最後に御社をご検討されてるエンジニアの方に、改めて伝えたいことやメッセージなどありましたらお願いします。
竹下:エンジニアは手を動かして何かを創り出せる仕事です。「ここはこうしたほうが分かりやすいんじゃないか?」「こうしたらもっとおもしろいんじゃないか?」をものを見せながら伝えることができます。実際やってみせて、「すごい!」と言われればエンジニアの勝ちです。こういうことが普通にできるようにならないと、ゲームはおもしろくなりません。
世の中には似たようなゲームがたくさん存在します。それでも新しいことをやるのがわたしたちの仕事です。そこでおもしろいと感じてもらう、もっと言うと「おっ!」とか「わぁ!」とか、ひとことでも言ってもらうことが大事だと思っています。わたしはそれを内部の一緒に開発しているデザイナーや企画の人に対してやってみて、すごいと言わせるエンジニアであってほしいと願っています。
もちろんやるべきことをこなした上で、さらに自分なりにおもしろくする手法を考えて、もしくは企画書には書かれてない行間を読んで、こうしたほうがいいというのを導き出すのは簡単なことではありません。それでも、ゲームを開発するエンジニアには、率先してやってほしいんですよね。
企画書や仕様書通りにコードを書くのは、クリエイティブな仕事ではありません。ゲーム開発においては、そこは覚えておいてほしいと思います。
――おもしろくしたい気持ちを持っている方でないと、ゲーム開発は務まらないというか、よりよいものは作れないということですよね。
竹下:もちろん、そういう方ばかりだと、意見がぶつかってなかなか完成しないこともありえるのでバランスも必要です。でも「なんとかして相手をびっくりさせたい!」という気持ちは持ち続けてもらいたいです。
当社は現在、エンジニアが130名ほど在籍していますが、自分の力を発揮するにはちょうどいい規模だと思っています。スタートアップのような不安定さはありませんし、大企業ほど自分の担当範囲が限られていて全体が分からないといったこともありません。ゲーム開発でやりたいことがある方には、ぜひ来ていただきたいですね。
――ある程度裁量もあって、やりたいことや思いがある人にとっては、実力が一番生かせる環境なのではないかと、ここまでお話を伺って感じました。
竹下:ありがとうございます。そうだといいなと思ってます。
――竹下さんのゲーム開発への熱い思いも伝わってきました。ありがとうございました。